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月と陽のあいだに 133

青嵐せいらんの章

縁談(4)

 翌日、朝食を終えたばかりの白玲のもとに、皇后の侍女じじょがやってきた。侍女は、身支度みじたくを手伝っていたニナを下がらせると、持ってきた衣を白玲に着せて、そのまま皇后の宮へ連れて行った。
 皇后の居間には、見たことのない青年が控えていた。
「オラフ殿が、そなたに会いにきてくれたのですよ。ご挨拶なさい」
 皇后に言われた白玲は、初めましてと膝を折って礼をした。青年は色白で、ナダルと同じくらいの年頃に見えた。大人しそうで嫌な感じはしなかったが、親しみも感じなかった。
 二人を前に、皇后はバンダル家と皇家の関係や、オラフがどれほど人格者かということを話したが、白玲は半分も聞いていなかった。
「オラフ殿は内廷ないていは初めてでしょう。白玲、御花苑ぎょかえんを案内してあげなさい」
 皇后の言葉に、控えていた侍女が「こちらへ」と二人をうながした。

 御花苑は、内府と皇后府の間にある花園で、さまざまな花木が四季折々に美しい花を咲かせていた。二人を御花苑の東屋あずまやへ案内すると、侍女は下がった。
「私のような者が、皇女殿下の結婚相手に選んでいただけるなんて、本当に光栄です」
 ずっと黙っていたオラフが、おどおどと口を開いた。実直そうな声に、白玲は一瞬ためらったが、思い切って顔を上げた。
「そのことですが、このお話をオラフ様から断っていただくことはできませんか?」
白玲の言葉に、オラフの顔が一層白くなった。
「殿下は、やはり私ではご不満なのですか?」
白玲はあわてて首を振った。
「あなたとは、今日初めてお会いしたのですから、不満も何もありません。私はただ、官吏として働くのが望みで、結婚のことは考えられないのです。けれども、この縁談は皇后陛下がお決めになったものなので、私からお断りすることはできません。あなたは真面目でお優しい方のようです。私のようなかえりよりも、もっとおしとやかな女性の方がお似合いかと思うのですが……」

「皇女殿下との縁談を、臣下の私にお断りできるはずがございません。私はバンダル家の嫡流ちゃくりゅうではありませんし、これと言って自慢できるような能力もない目立たない男です。そんな私に皇女殿下との縁談が舞い込んで、両親は踊り出さんばかりに喜んでおります。私も、ようやく親孝行できると思っておりました」
オラフは畳みかけるように続けた。
「それに、私は殿下にお会いするのは初めてではありません。ネイサン公爵閣下のアラムのうたげで、バンダル侯爵閣下のお供をしたときに、お姿を拝見しました。黒髪の美しい方だと、心に残っておりました」

 白玲は困った。悪い人には見えないだけに、断りにくかった。どういう言い方をしても傷つけることになるだろうが、できるだけ穏便おんびんに片付けたかった。
「あなたは穏やかな良い方なのですね。先ほども申し上げたように、あなたに不満はありません。お相手があなた以外の方であっても、同じように申します。私は結婚を考えることができません。本当にごめんなさい」
 では、とオラフが白玲の腕をつかんだ。
「結婚しても、官吏として働いていただいて結構です。結婚といっても、初めから対等な関係ではありませんから、殿下のお好きなようになさってください。それなら、このお話を承諾しょうだくしてくださいますか。
 殿下は、私との結婚を断っても大きな影響はないでしょう。でも私は違います。殿下に断られたら、私に問題があるとみなされて、私も私の家族も一生笑いものになるのです。私に非がないなら、それはあまりにひどい仕打ちです」
 オラフは、今にも泣き出しそうな目で白玲を見つめた。白玲も泣きたかった。
「本当にごめんなさい」
 そう言うと、白玲は自分の宮へ走って帰った。

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