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月と陽のあいだに 185

波濤の章

演習船(11)

「薬湯をお持ちいたしました」
 ニナが捧げもった盆の上には、湯気を上げる小さな椀が載っていた。ネイサンは腕を緩めると、白玲の涙をそっとぬぐった。
 白玲は温かい椀を両手で包むと、薬湯をすすってほっとため息をついた。薬草の香りが、鼻の奥にスッと抜けた。
「今日は何日ですか。私はどのくらい眠っていたのでしょう。トーランとアルシーは?」
 ようやく現実に戻って、白玲は矢継ぎ早にたずねた。
「そなたは丸二日昏睡していた。三日目に目を覚ましたが、熱が下がらなかったから、薬でさらに眠らせていたのだ。トーランにはアルシーが付き添って、ユイルハイへ向かっている。タルスイで領事とオッサムが合流するから、心配はいらない」
 ネイサンが、なだめるように白玲の頭を抱き寄せた。
「そなたも熱が下がったら、私の船でユイルハイへ帰ろう。陛下がご心配なさっていらっしゃる」
 頷いた白玲は、薬湯を飲んでまた少し眠った。

 次に目覚めた時には、白玲の熱は下がっていた。ニナの助けを借りて身支度を整えると、アンザリ軍の司令官と面会した。
「船を調べましたが、切れた支え綱以外の異常は見つかりませんでした。問題の綱は、鋭利な刃物で途中まで切られていました。キタイの若者が見たという甲板員は、家にも戻っておらず、我が軍が行方を探しております」
 司令官は、今回の座礁は事故ではなく、何者かの手による事件だと見立てた。そして船室で見つけた小さな樽を差し出した。白玲が報告書や覚書を入れて封をした樽だった。
「これで視察が無駄にならずに済みます」
白玲が礼を言っていると、副官が慌ただしく部屋に入ってきた。
「甲板員が見つかりました。街外れの運河に浮かんでおりました」
部屋の中が、重苦しい空気に包まれた。
「酒に酔って落ちたのか、殺されたのかはまだわかりません」
副官の報告に、司令官は調査の命令を出した。
「この事件の黒幕を、我らは全力で追いましょう」
よろしくお願いしますと、白玲が差し出した手を、司令官の分厚い手が握った。

 宿舎に戻ると、出立の準備が整っていた。
 白玲はニナとともにネイサンの船に乗り込むと、アルシーたちの後を追って、初夏のルーン川を遡っていった。

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