月と陽のあいだに 115
青嵐の章
シノン(1)
月蛾宮の正門からまっすぐに延びた道は、城門を抜けるとユイルハイの湖に出る。道の先の湖の中には島があり、長い橋が島と湖畔とを繋いでいた。島には月蛾宮と同じ白い石造りの月神殿がそびえ立つ。月の塔を中心に、美しい露台が幾層にも重なった神殿は、満月の夜には一層輝きを増し、湖面に白い影を落とした。
月神殿の現在の主は、大巫女を兼務する皇后だ。しかし皇后は普段は月蛾宮で過ごしていたので、神殿の実務を司るのは、神官長と大巫女代だった。
四月になると、ユイルハイに一気に春が訪れる。アラムの花があちこちで開き始め、人々の表情も明るくなった。遠く望む対岸の丘もアラムの花に彩られ、それを背景にして湖に浮かぶ月神殿は、一幅の絵のように美しかった。月神殿に続く長い橋は、湖畔や遠くの丘の麓に広がるアラムの花を眺めるのに、絶好の場所になっていた。
そんなある日、白玲は皇后と共に島に続く橋を馬車で渡っていた。月神殿で行われる春の神事のためだった。春の神事は、春の訪れを喜び今年一年の農事の無事と豊作を祈願する大切な行事だった。
この日、白玲には二つの目的があった。
一つは神事を自分の目で見ること。白玲は輝陽国では陽神殿の巫女だったから、月蛾国の宗教にも大きな関心を持っていた。実際に儀礼を見て学び、神官たちや神殿の組織についても知りたいと思っていた。
もう一つの目的は、大巫女代のシノン皇女に会うことだった。
シノン皇女は、白玲の父アイハルの同腹の妹であるアラムナイ皇女とタリズ辺境伯との間に生まれた姫で、白玲の従姉に当たる。本来なら、降嫁した皇女の娘は皇族ではない。けれどもシノンは、将来月神殿の大巫女の座を継ぐ者として、特別に皇女に叙されたのだった。白玲とは年齢も近いので、ぜひ一度会って話をしたかった。
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