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月と陽のあいだに 131

青嵐せいらんの章

縁談(2)

 月蛾げつが国には、『始祖六家しそろっけ』と呼ばれる六つの名家めいかがある。
 皇帝一族のゴルガン家、始祖アイハル帝の息子たちの子孫であるカシャン侯爵家とバンダル侯爵家。そして北の辺境領を治めるアンザリ伯爵家、西の辺境領を治めるタリズ伯爵家、南の辺境領を治めるナーリハイ伯爵家だ。
 彼らの祖は始祖アイハル帝と共に暗紫あんし山脈を越え、アイハル帝が月蛾国を建てた時、国の各地に散っていった。そして先住の人々と緩やかに同化しながら氏族を形成し、それぞれの地を治めてきたのだった。六家はまた、互いに婚姻を結び、歴代の皇妃の多くも、この六家の中から選ばれてきた。

 始祖六家とは別に、譜代ふだいと呼ばれる皇帝直属の家臣団がある。アイハル帝に仕えた人々の末裔まつえいで、皇帝直属の軍隊である禁軍きんぐんの士官や内廷の近侍きんじとして月蛾国の支配のかなめになっていた。譜代の家臣の一族からも皇族の妃嬪ひひんが選ばれたし、皇女の嫁ぎ先にもなっていた。皇帝が特に可愛がった皇女は、遠方の大家たいけに嫁がず、ユイルハイに暮らす有力な譜代の夫人となって、皇帝のそば近く仕えることが多かった。

 皇后が白玲に選んだ見合い相手は、始祖六家の一つバンダル家の一族で、皇后の縁者だった。バンダル本家の子息ではないが、白玲と結婚すれば皇女の配偶者にふさわしい爵位が与えられ、結婚持参金を得ることもできる。皇后も宮廷で働く忠実な身内を得ることができるのだった。
 けれども、この縁談は皇帝の意思ではないように見えた。皇帝がコヘルに命じたことを考えると、白玲はもっと別の働き方を期待されているはずだった。ニナとアルシーは、輝陽きよう国へ赴くコヘルに近衛のナダルとホスロを同行させたのは、皇帝が白玲を譜代の一族に嫁がせたいと思っているからだろうと言った。ナダルの名を言われて、白玲は頬が熱くなるのがわかった。
「お二人はそんなのじゃないわ。ホスロ卿には恋人がいるし、ナダル卿とは山行の間ずっと一緒にいても、用事がなければお話しもしなかったわ。二人とも親切にしてくれたけれど、私は結婚相手として見られていないのよ」
 しどろもどろに弁解する白玲を、ニナとアルシーは面白そうに眺めていた。
「ナダル卿はそういう人です。若い令嬢からいっぱい恋文がくるのに、誰にも良い返事をしないで武術の鍛錬ばかりしているんですもの。近衛士官としては優秀だけれど、恋愛は全然ダメですよ」
 ナダルと兄妹のように育ったアルシーは、そう言うと身上書を片付けた。

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