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月と陽のあいだに 72

浮雲の章

出奔(4)

 「姫様のお着物は、後で使わせていただきます。お財布さいふは残して、大切なものだけを行李こうりに移してお持ちください。当座とうざのお金は、新しいお財布に入っております」
そう言うと、女房にょうぼうはナダルに声をかけた。
可愛かわいらしいお内儀ないぎですね。どうぞご無事で月蛾国げつがこくにお着きになりますように」
あとはよろしく頼みますと、ナダルがお辞儀じぎをすると、女房はだまってうなずいた。家の中から見送る女房に頭を下げると、二人は旅装束たびしょうぞくかさかぶり、小間物屋こまものやの裏口から外に出た。
「旅の間は、サエと呼び捨てにします。お許しください」
白玲はくれいの耳元でナダルがささやいた。
「カイルさんとお呼びすればいいですか?」
白玲がたずねると、
「あなたの呼びやすいようで結構けっこうです」
そう答えたナダルは、馬に乗れるかとたずねた。
蒼海そうかい学舎がくしゃ乗馬じょうばの基本を学びました。遠乗とおのりの経験はありませんが」
「これから駅馬えきばを使って、暗紫あんしせきまで参ります。なるべく大人しい馬を頼みましょう」
そう言うと、ナダルは白玲の手を引いて歩き出した。

 この宿場しゅくばは、白村はくそんに近い。顔馴染かおなじみの者に会わないうちに、暗紫関を抜けて山へ入りたい。食料や寝袋ねぶくろはナダルが背負せおってくれている。白玲は自分の荷物をけにして、肩にかけた。この先、どれほどけわしい道のりが待っているのか、今の白玲には想像そうぞうもつかなかった。

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