月と陽のあいだに 65
浮雲の章
コヘル(12)
「内乱、ですか?」
意外な言葉に、白玲は思わず聞き返した。
「そうです。この二年、月蛾国は冷害に襲われ、数十年ぶりの被害が出ると予測されています。十九年前の冷害の後、皇帝領ではアイハル殿下のご遺志を継いだ者たちが農村に入り、冷害に負けないようにさまざまな工夫を重ねてきました。おかげで皇帝領とその周辺では、他の地域に比べて被害が少ない。だがナーリハイ辺境伯は、交易の利益で足りない穀物を買い付ければ良いと考えています」
月蛾国の南部に位置するナーリハイ領は、内海を挟んで輝陽国と対峙する。そしてナーリハイ辺境伯は、輝陽国との交易を一手に握っているのだ。
「もちろん領主とその一党は、冷害でも餓えることはないでしょう。しかし、民は交易の利益には与れない。このままでは、領主の足元で反乱が起こりかねません。民の飢えを満たし不満を逸らすためにも、辺境伯は皇帝領を手に入れようとするでしょう。戦になれば、民はさらに疲弊します。
月蛾国皇帝は、月蛾国全ての民の平安を守る責務があります。しかし、ナーリハイ一族の血を引く皇太子殿下が皇位に就けば、ナーリハイ辺境伯の思惑が宮廷を左右し、他領が不利益を被ることは明らかです。そうならないように、ナーリハイ辺境伯の力をできる限り排除したいのです」
思わず聞き入っていた白玲が、眉を寄せた。
「私に、皇位に就けとおっしゃるのですか?」
「いいえ。皇太子殿下には同腹の弟君カナルハイ殿下がおられますから、あなた様が皇位に就かれることはありません。だが、あなた様には旗印になっていただきたい。月蛾国の全ての民の幸せのために、アイハル殿下は輝陽国に向かわれました。それを思い出し、人々をまとめるための縁になっていただきたいのです」
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