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耳からきくものがたり

今日は、春は名のみの風の冷たい一日だった。
久しぶりに電車で遠出して、子どもの絵本についての講演会に行った。

ここ数年、日本では年間2000冊近い絵本が出版されているそうだ。
溢れんばかりの絵本の海から、子どもたちにどんな本を選んで読み聞かせをしたらいいか、とまどうことばかりだ。
今日の講演会では、絵本を選ぶための指針と、何より子どもたちに接する時に大切にしなければならない心構えを学ぶことができた。

とはいえ、私にとって今日一番の収穫は、実は絵本ではないのです。
講師の先生が、デモンストレーションで見せて(聞かせて)くださったストーリーテリング。それが素晴らしく、また衝撃的でもあった。
「ストーリーテリング」というのは、文字通りおはなしを語ること。
昔話や創作童話などを暗記して、絵や映像なしに語って聞かせることだ。

先生の語りは、けっして大きな声ではないのに、ちゃんと聞こえる。
思った以上にゆっくりと、たっぷりと間をとって。
大袈裟な声の使い分けをしないのに、登場人物の違いがきちんとわかる。
淡々と何気ない様子で語っているのだけれど、それがどれほど高度な技か、やったことがある人ならわかってしまう。

私は、図書館のおはなし会で、ストーリーテリングのボランティアをしている。
「昔むかし、あるところに……」と、子どもたちにおはなしをする。
暗記するのが大変なのは、まあ、その通り。
そこをクリアしたとして、実際に語ってみると、声の出し方や間の取り方は頭で考える以上に難しい。
声を出すというのは肉体による表現だから、上達するには練習して体得しなければならない。
そして何より、自分の中に、物語のイメージをしっかりとした映像として描けなければ語れない。
プロの声優さんのようにはいかないけれど、やっぱり少しでもいいものを届けたいと思うなら、素人なりに努力や工夫が必要なのだ。

一人でやっていてはわからない、語り方の一つのスタンダードのようなものを、今日は目の前で見て聞くことができた。
とても素朴なお話なのに、スッと沁み込んで、胸の辺りのちょうどいいところにストンと収まる。
耳福、耳福。
目から入ってくる情報に重心が置かれているような時代だからこそ、声だけで物語を想像する経験をしてほしい。
生の声で語られるおはなしを聞くというのは、とても素敵なことだから。
子どもたちだけじゃなく、大人にもそんな時間があってもいいと、私は思う。

お母さんやお父さんが、自分の子どもに昔話や身の回りの出来事を聞かせてあげる時間は、素敵だ。
友だちや何人かのグループで、おはなしを聞くのも楽しい。
そんなふうに物語を聞きたい人、そして語りたい人、もっともっと増えるといいなあ。

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