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月と日のあいだに 29

若葉の章

貴州府陽神殿(2)

 もやいづなを解き、船頭が長い竿さおで船着場の岩壁を押すと、船はたちまち流れに乗った。春先の淮水わいすいは、雪解け水を集めて流れが速い。生まれて初めて船に乗った白玲は、船端ふなばたにしっかりつかまると、飛ぶように過ぎる両岸の景色をかずにながめていた。

 一昼夜の船旅を終えて、二人を乗せた船が貴州府きしゅうふ船着場ふなつきばに着いた。商人は婆様ばばさま挨拶あいさつすると、鎮安街ちんあんがいの自分の店へと帰っていった。迷子にならないように、つないだ手を細い帯でさらに結んで、婆様は淮水わいすい沿いの道を進んだ。
 色とりどりの布を広げた店や、金物や道具を並べた店、あめ細工ざいくの屋台や茶店などがひしめく様は、まるで万華鏡まんげきょうのようだ。もっと見てみたいと思ったが、婆様は止まることなく人混みを抜けていく。
「宿に着いたら一休みしよう。先を急ぐよ」
婆様はそう言って、丘にそびえる神殿を目指した。

 貴州府きしゅうふ陽神殿ようしんでんは、陽族の主神である太陽神をまつる神殿で、輝陽きよう国の各地にある陽神殿をたばねる大本山だいほんざんにあたる。人々は崇敬すうけいの念をこめて、この神殿を大神殿と呼んでいた。
 神山しんざん一帯の広大な神域しんいきには、神殿をはじめ多くのやしろぼうがある。神域はふもとの『麓苑ろくえん』と、丘の中腹から山頂へ至る『奥』の二つに分かれていた。

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