見出し画像

月と陽のあいだに 62

浮雲の章

コヘル(9)

 めてしまった茶をれかえると、コヘルは礼を言って一息ひといきついた。
「私は、月蛾国げつがこく到達とうたつした時のために、先帝せんてい陛下へいか親書しんしょ持参じさんしていました。しかし、それは田舎いなか小役人こやくにんには理解できなかったのでしょう。密行者みっこうしゃとしてらえられ、月蛾宮げつがきゅうに送られました。当時はリーアン陛下もまだお若く、おそばには先帝の側近そっきんで政治顧問こもんだった大神官だいしんかんがおられました。
 密行のうたがいはすぐに晴れたものの、大神官は私を、月蛾国にこうとなさいました。ご自分のおいのちがそれほど長くないとさとっておられたのか、私をリーアン陛下につかえさせようとなさったのです」
白玲はくれいは、何も言わずに聞いている。
「当然、私はこばみました。すると大神官は、月蛾国の間者かんじゃを使って『楊静ようせいが先帝陛下を裏切うらぎり、月蛾国に機密きみつらした』といううわさを、暁光ぎょうこう山宮さんきゅうに流したのです。それをお聞きになった先帝陛下は激怒げきどされ、ことの真偽しんぎを確かめぬまま、私の家族をばっしました」
 ほう、とため息を一つつくと、コヘルはまた茶をすすった。
「妻はとらわれる前にどくあおぎ、娘は行方不明ゆくえふめいになりました。私は、二度と輝陽国きようこくに戻れなくなったのです。そして大神官ののままに、リーアン陛下にお仕えすることになりました。幸いリーアン陛下は信頼しんらいするにるお人柄ひとがらで、やがて私はアイハル様の養育よういく係をおうせつかることになりました」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?