見出し画像

月と陽のあいだに 64

浮雲の章

コヘル(11)

 コヘルの言葉は、白玲はくれいの心の薄闇うすやみひびいた。
「それに月帝げってい陛下と皇后陛下は、あなた様の唯一ゆいいつ血縁けつえんです。もちろん、白村はくそん村長むらおさ夫婦もあなた様の祖父母ですが、お父上を太守に売り、あなた様を捨てた者を、身内みうちと思われてはいないでしょう」
それは、と白玲は口ごもった。父を売り、母と自分を捨てた村長に親愛の情はない。だがそれは、月帝であっても同じことだった。
「両陛下は、あなた様をお迎えして、皇女として相応ふさわしい暮らしをさせたいとお考えなのですよ」
 白玲は顔を上げた。
「そんな都合つごうの良いお話がありましょうか。今さら私が皇女として呼び戻されるには、相応そうおうの理由があるのでしょう。私をどのように利用しようとお考えなのですか」
白玲は、真っ直ぐにコヘルの目を見て問いかけた。
「本当にあなた様は、一筋縄ひとすじなわではいかない方ですな。まるでアイハル様を見ているようです」
そう言って、コヘルは笑った。
「お察しの通り、あなた様を月蛾国にお迎えするのは、事情じじょうあってのことです。  
 一つは、月帝陛下には、次の世代をになうお身内が少ないこと。皇太子殿下が御位みくらいをおぎになった後、次の陛下をお支えするお身内は、皇太子殿下の二人のお子と弟君のカナルハイ殿下。それに、現陛下の弟君のネイサン卿しかおられません。カナルハイ殿下には二人の姫君がおられますが、国政にたずさわるための教育は受けておられません。これでは、万が一の時、正統せいとう皇家こうけのお血筋ちすじたもつことすらあやぶまれます。
 もう一つは内乱ないらんです。おそらく近いうちに、月蛾国では内乱が起こります」
「内乱、ですか?」
意外いがいな言葉に、白玲は思わず聞き返した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?