見出し画像

月と陽のあいだに 130

青嵐せいらんの章

縁談(1)

 御霊みたま祭りが終わり、故郷で休暇を過ごしていた人々が帰ってくると、月蛾げつが宮もユイルハイの城下も再び活気を取り戻した。
 けれども白玲の暮らしは変わらず、行儀作法や歌の詠み方の稽古に明け暮れていた。しびれを切らした白玲は、官吏任用試験(官試)を受けるという計画を紙上読書会の仲間に打ち明けた。すると「やってみればいい」と言う返事がかえってきた。官試受験は、朝政殿執務室を見学した時から考え続けてきたことだった。
 読書会の参加者は、白玲の正体を知っている。それでも味方になってくれたのは、この数ヵ月のやり取りで、白玲の実力が並大抵なみたいていでないことを皆が認めてくれたからだ。読書会で学ぶうちに、月蛾国についての知識が身についてきた。さらに、白玲には輝陽きよう国で学んだ知識があったから、二つの国を対比する視点があった。他の参加者が気づかないことや、当たり前だと気にも留めなかったことから、新しい方向性を見つけていく強さがあった。このまま勉強を続ければ、官試の合格も夢ではないと皆思っていた。

 仲間たちの励ましに背中を押されて、白玲は皇后に官試を受験したいと申し出た。
「私が月蛾国へやってきたのは、皇帝陛下とこの国のためにお役に立ちたいと思ったからです。私は輝陽国でさまざまな実務を学んできました。それを生かして、官吏として働きたいのです。どうぞ官試を受けることをお許しください」
 白玲の願いは、全く聞き入れられなかった。
「そなたが身につけたという輝陽国の知識など、この国で通用するはずがありません。コヘルが亡くなり、守ってくれる者が無くなった今、何の後ろ盾も持たぬ『はざまの子』のそなたが月蛾宮にいられることすら、奇跡のようなことなのですよ。
 どうしても皇帝陛下のお役に立ちたいと思うなら、できるだけ高位の貴族に嫁ぎ、皇家に忠実な子を産むことです。もっとも、そなたのような皇女を有力な貴族がめとるはずもない。だから少しでも有利な結婚ができるように、行儀作法や社交について教えているのです。私の親心をそなたはわかろうともしない」
 皇后は冷たい目で白玲を見下ろした。
「官試は、この国の優秀な若者がこぞって受験する最難関の試験です。しかも女性が受験したなど、聞いたこともない。ただでさえ厄介者やっかいもののそなたに、官試の勉強をさせるなど無駄なことです」
「勉強は独学でいたします。皇后陛下のご迷惑にならないようにいたしますから、どうぞ受験をお許しください」
 ひざまずいて頭を下げる白玲に、なりませんとピシャリと言うと、皇后は席を立った。

 数日後、白玲のもとに見合い相手の身上書が届いた。オラフ・バンダルという貴族だった。ニナとアルシーにも見せると、二人は揃って眉をひそめた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?