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月と陽のあいだに 87

浮雲の章

隠れ里(3)

 久しぶりの客人を迎えて、夕食には族長一家が皆集まった。干し肉や干した果実を入れて煮込んだ汁物は、とろみがついて優しい味だった。春先に採って干した山菜を戻して炒めたものや漬物など、珍しい料理が並び、三人は舌鼓したつづみを打った。
 食事が終わると、皆で囲炉裏いろりを囲み、酒が振る舞われた。酒が飲めない白玲はくれいには、発酵させた乳に蜂蜜を入れた飲み物が用意された。

 「十八年前のことだ」
 タッサンは、月蛾げつが国からの使節が山越えを試みた時のことを話し始めた。
「我ら山の部族は、元は月族げつぞくと同族。住む場所が別れた今も、交流を続けている。だから月族からの頼みは、できるだけ受け入れるようにしているのだ」
 十八年前、雪解けにはまだ早いこの時期に、十二人の男たちがこの村にやってきた。ここから輝陽きよう国の暗紫あんしせきまでの道案内を頼みたいという。暗紫回廊は、雪のない季節ならば、旅人が踏みならした道を辿たどれば迷うことなく越えられる。しかし雪に埋もれた山道は危険だ。それでも飢饉ききんに悩む人々のために、どうしても山を越えなければならない。ならば、山を熟知した山人に案内してもらえば、安全に早く輝陽国に着けると考えたのだった。
 族長は危険を理由に一度は断ったが、正使アイハルの熱意に打たれた息子が、案内を買って出た。年がアイハルといくつも違わない息子だけでは心配だったので、族長は一族でも最も山に詳しい男を同行させて、一行を送り出した。

 「月族と我らとの間には、我らが暗紫回廊の道を守る代わりに、我らの自治と互いの不戦を守るという暗黙のおきてがある。これは月帝の祖が暗紫回廊を越える時に、我らの祖先が手助けしたことへの、いわば見返りだ。我らも月族も、この掟を今日まで大切に守ってきたのだ」
 タッサンは思い出すように言葉を止めた。

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