月と陽のあいだに 63
浮雲の章
コヘル(10)
今度は白玲がため息をついた。
「数年後、行方不明だった娘が、貴州府鎮安街の職人の養女になっていることがわかりました。噂を流した間者にも、心があったのでしょう。成長した娘は、月族の男と結婚しました。そして娘を授かりましたが、その子が三つにもならないうちに、病で亡くなりました。私は手を尽くして、孫娘を月蛾国に呼び寄せました。その子も今は、見習い宮廷女官になっています」
茶を一口含むと、それきりコヘルは口を閉ざした。
「コヘル様は、月帝陛下を憎くお思いにならないのですか」
白玲は思わずたずねた。
「憎い、ですか。そうですな…」
コヘルは手にした湯呑みに目を落とした。
「憎いと言うなら、先の陽帝陛下の方が憎い。結局、先帝陛下は私を信じてはいらっしゃらなかったのですよ。だから噂の真偽を確かめようともなさらずに、私から妻子を奪った。もし、先帝陛下が私を信じてくださったなら、私は命を投げ打ってでも、輝陽国のために働いたでしょう。私は陛下のために、険しい暗紫山脈を越えたのです。しかしそんな私の忠義を、陛下ご自身が裏切られました。それは、憎いというより落胆でした」
感情のこもらない淡々とした調子で、コヘルは語った。
「大神殿の巫女の座は、あなた様のような出自の方には、これ以上ない地位でしょう。だがそれは替えがきき、あなた様でなくても良いのです。しかし月蛾国では、あなた様は月帝陛下の孫娘。替えのきかない皇女殿下です。陛下はアイハル殿下をことのほか可愛がっておいででした。帝位は譲れなくても、王佐として国政を任せたいとお考えになっていたはずです。そのご期待を、あなた様に受け継いでいただきたい。
陛下は、あなた様の成長の過程をよくご存知です。月蛾国のために、そのお力を奮っていただきたい。陛下は、それをお望みです」
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