月と陽のあいだに 160
流転の章
妖精(3)
官試は二年に一度行われる。
中央で官吏を志す者は、最初に各領で行われる領試を受ける。領試は数十倍の倍率の狭き門で、その成績上位者が二次試験に当たる会試を受ける。
会試はユイルハイで行われる。受験者は三日間の試験が終わるまで、畳一枚ほどの広さの扉のない個室に入れられ、法律や歴史教養などの問題に回答しなければならない。この試験に合格すると外朝の官吏になる資格が与えられた。
ここで辞めても官吏にはなれる。けれども、さらに上の高級官僚を目指す者は、殿試に合格しなければならなかった。
殿試は論述試験と口頭試問で、皇帝臨席で行われる。この試験に合格した者だけが、宰相など高級官僚になる道が約束され、統治の中枢に関わることができるのだった。
かつてコヘルの教え子だったタミアとネイサン、カナルハイ第二皇子は、同じ年の官試で殿試まで残り、上位三位を独占した。皇家の血を引くネイサンとカナルハイは、本来官試など受ける必要はなかったのだが、臣下として皇帝を支えるという立場を明らかにし、その実力を明確にするためにあえて受験したのだ。おかげで三人は立場の違いはあれど、今やこの国を支える柱として、誰もが認める存在になっていた。
そういう凄腕の師のもとで、白玲はがむしゃらに勉強した。
皇帝領の領試では、ただ一人の女性受験者の白玲は、ほとんど珍獣扱いだった。蔑むような目の中で、幼稚な嫌がらせもされた。けれどもそんなことで動揺するのも悔しくて、余計に頑張った。それが功を奏したのか、まずは領試の狭き門を突破することに成功した。
「皇女だから手心を加えてもらったのでは?」という噂も、白玲は聞き流した。実力で合格を勝ち取り、官吏としての実績を上げることでしか偏見を消す方法がないことは、白玲自身が誰よりもよく知っていたのだから。
会試の当日、試験会場の周辺がごった返すのはいつものことだ。一族の期待を一身に背負った受験者には、大勢の見送りがついてくる。この混乱に乗じて、他の受験者を傷つけたり妨害するものも後を絶たず、受験者を守るためにより多くの見送りが集まるという悪循環になっていた。
白玲にはアルシーが付き添った。二人を乗せた護衛付きの馬車が宮を出ると、すぐに帯剣した武人が二騎伴走についた。ネイサンが護衛方々見送りに来たのだった。
馬車は人混みに阻まれて、会場の入り口まで近づくことができない。仕方なく手前で降りた白玲は、アルシーとネイサンたちに守られて進んだ。ようやく会場の入り口に着くと、白玲は見送りの人々に「頑張ってきます」と拳を握って見せた。
「中に入ればみな必死だから、他人に危害を加えるものもないだろう。何も心配せずに、問題に集中しなさい。そなたなら大丈夫だ」
ネイサンはそう言うと、抱き込むようにポンポンと白玲の背を叩いた。ふわりと良い香りがして、白玲の肩の強張りが緩んだ。もう一度頑張りますと頷くと、白玲は門をくぐって行った。
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