見出し画像

月と陽のあいだに 61

浮雲の章

コヘル(8)

 コヘルは菓子を一つつまんで口に運び、白玲はくれいにもすすめた。
「おさっしのとおり、私は陽族ようぞくです。元の名は楊静ようせい蒼海そうかい学舎がくしゃに学び、先帝せんてい陛下にお仕えしておりました」
コヘルは、遠い日を思い出すかのように目を細めた。
「蒼海学舎を卒業したあと、私は会計方かいけいがた官吏かんりとして暁光ぎょうこう山宮さんきゅうにおつかえしました。次に巡察使じゅんさつしになり、輝陽国きようこく各地をまわりました。そして国の実態じったいがわかった頃、中央に呼ばれ宰相さいしょう秘書官ひしょかんになりました。家庭も持ち、娘が一人生まれました。娘はアイハル様より一つ年下でした。あの頃が、この国の暮らしで一番幸せな時でしたな」

 この人は私の祖父くらいの年齢なのかと、白玲は改めてコヘルを見た。白髪はくはつまったからだつきは、とてもそんな年齢には見えない。温和おんわ顔立かおだちだが、その目は時として精悍せいかんたかのように、見るものをた。
「娘の二歳の誕生日が過ぎた頃、先帝陛下のご下命かめいで、月蛾国げつがこくとの新しい交易こうえき開発かいはつかかわることになりました。月蛾国につながる道は、内海ないかい航路こうろ暗紫あんし回廊かいろう湖州こしゅうを玄関口にしており、南湖なんこ太守たいしゅの管理下にあります。先帝陛下は、湖州を通らずに月蛾国と行き来する道を望まれました」
白玲は、コヘルの話に聞き入った。
「巡察使として各地を回っていた頃、漠州ばくしゅう山人やまびとが、獲物えものを追って暗紫あんし山脈深く分け入り、月蛾国に到達とうたつしたという話を聞いたことがありました。そこで私は、その道を辿たどってみることにしました。けもの道をたどり、苦労の末に月蛾国に着いた私を待っていたのは、月蛾げつがきゅうでのきびしい尋問じんもんでした」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?