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月と陽のあいだに 27

若葉の章

白玲(6)

 「婆様ばばさま、あたしの父さまは悪い人だったの?」
白玲はくれいが、婆様の目を見てたずねた。
「いいや違う。お前の父は、おだやかで礼儀正しい若者だった。決してぞくではなかったよ。詳しいことはわからないが、何か事情があったんだろう。お前の父を邪魔じゃまだと思う者が、いたんだろうさ」
 婆様は白玲に、他人の前では父のことを言ってはいけないと、言い聞かせた。どうして、とたずねる白玲に、お前を守るためだと言って、それきりだまってしまった。

 落とし穴の一件以来、白丁はくていは白玲をいじめなくなった。他の子どもたちも、意地悪いじわるはしなくなったが、その代わり仲間にも入れてくれなくなった。気がつくと、遊び相手は乳姉妹の白鈴はくりんひとりになり、白玲はやしろで婆様と過ごす時間が、次第に増えていった。
 白玲が六歳の誕生日を迎えると、婆様は読み書きや礼儀作法を教えるようになった。日中は野良のらやしろの仕事があるので、朝早く起きて朝餉あさげの前に勉強する。婆様は、村の子どもたちにも読み書きを教えていたが、白玲の教育はそれとは違った。婆様は白玲を、陽神殿ようしんでんあずけたいと考えていた。若い頃、大神殿と呼ばれる貴州府きしゅうふ陽神殿に、巫女みことして仕えていた婆様は、そのための伝手つてがあった。
 輝陽きよう国の子は、十歳になれば行儀ぎょうぎ見習みならいとして神殿に上がることができるが、大神殿には、誰でも上がれるわけではない。村の子どもが学ぶ読み書きに加えて、知識と作法さほうを知らなければならない。白玲がむずかしくてできないとベソをかいても、婆様は手をゆるめなかった。おかげで、十歳の誕生日を迎える頃には、白玲が行儀見習いになるための準備は大方終わっていた。

 十歳の誕生日を迎えた三月の初め、白玲は婆様と一緒に貴州府へ向かった。桃のつぼみがようやく開き始める頃で、旅立ちの朝は、く息がまだ白かった。
 白玲に乳を与えてくれた白敏はくびんと娘の白鈴はくりんが、村境の道標みちしるべまで送ってくれた。白玲は、仲良しの白鈴を抱きしめて、帰ってきたら遊ぼうねと約束した。白玲と婆様の姿が豆粒まめつぶほどになるまで、白鈴は手を振っていた。

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