![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/88203619/rectangle_large_type_2_a9c7d5f355f79ba268b3ab7538741007.png?width=800)
月と陽のあいだに 70
浮雲の章
出奔(2)
白村から歩いて一刻(二時間)ほどのところで、道は本街道と合流する。目指す宿場は、湖州の州都南湖鎮と貴州府を結ぶ幹線道路と、暗紫回廊へ向かう道とが交わるところで、行き交う人々でいつも賑わっている。
白玲が着いた頃には日も高くなり、街道沿いや街の広場に面した店はすでに開いて、買い物客が集まっていた。白玲は、婆様が好きだった砂糖菓子をお供え物に買った。村では滅多に手に入らなかった砂糖菓子。婆様と二人で大事に食べた幼い頃を思い出し、白玲の目の前がにじんだ。
小さな包みを大切に籠にしまうと、白玲は広場の一角にある小間物屋をのぞいた。コヘルの残した書付にあった店だった。
「いらっしゃいませ」
店の奥から声がして、小柄な女房が顔を出した。
「簪を見せてください。月蛾国の銀細工のものを」
白玲が言うと、どうぞこちらでございますと、女房が店の奥へと手招きした。一瞬ためらった白玲は、思い直したように頷くと、女房の後について、間仕切りの衝立の奥へと入っていった。
土間の奥の小上がりには、旅支度の男が静かに座っていた。男は白玲を認めると、板の間についた手に額を当てて深々と礼をした。
「お待ち申し上げておりました。我らの願いをお聞き届けいただき、ありがとうございます。月蛾宮まで、命をかけてお守り申し上げます」
白村の庵で、ナダルと名乗った青年だった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?