見出し画像

月と陽のあいだに 70

浮雲の章

出奔(2)

 白村はくそんから歩いて一刻いっこく(二時間)ほどのところで、道は本街道ほんかいどうと合流する。目指めざ宿場しゅくばは、湖州こしゅうの州都南湖鎮なんこちん貴州府きしゅうふを結ぶ幹線道路と、暗紫あんし回廊かいろうへ向かう道とがまじわるところで、う人々でいつもにぎわっている。
 白玲はくれいが着いた頃には日も高くなり、街道沿いや街の広場に面した店はすでに開いて、買い物客が集まっていた。白玲は、婆様ばばさまが好きだった砂糖菓子をおそなえ物に買った。村では滅多めったに手に入らなかった砂糖菓子。婆様と二人で大事に食べた幼い頃を思い出し、白玲の目の前がにじんだ。
 小さな包みを大切にかごにしまうと、白玲は広場の一角にある小間物屋こまものやをのぞいた。コヘルの残した書付かきつけにあった店だった。

 「いらっしゃいませ」
店の奥から声がして、小柄こがら女房にょうぼうが顔を出した。
かんざしを見せてください。月蛾国げつがこくの銀細工のものを」
白玲が言うと、どうぞこちらでございますと、女房が店の奥へと手招てまねきした。一瞬ためらった白玲は、思い直したようにうなずくと、女房の後について、間仕切まじきりの衝立ついたての奥へと入っていった。
 土間どまの奥の小上こあがりには、旅支度たびじたくの男が静かに座っていた。男は白玲をみとめると、いたについた手にひたいを当てて深々と礼をした。
「お待ち申し上げておりました。我らの願いをお聞き届けいただき、ありがとうございます。月蛾宮げつがきゅうまで、命をかけてお守り申し上げます」
白村のいおりで、ナダルと名乗った青年だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?