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月と陽のあいだに 13

若葉の章

白瑶(7)

 「ずいぶん長く居候いそうろうしてしまったが、そろそろ出発しようと思う。君にもたくさん世話になった」
 アイハルは、真っ直ぐ前を向いたまま言った。隣で小さく息をのむ音がしたが、振り向かなかった。
「いつ出発するの?」
「準備をして、二、三日うちには、都へ向かうつもりでいるよ」
返事はなかった。その代わり、鼻をすする音がして、暖かい手がアイハルの腕をつかんだ。
「今度は、いつ帰ってくるの? お国へ帰るときには、また寄ってくれるでしょう?」
腕をつかまれたまま、アイハルは草原の向こうに目をやった。
「いつ帰れるかわからないし、またここへ寄れると約束もできない。難しい仕事だから」
「でも私が良ければ、お国へ連れていってくれるって、あなた、言ったわ」
白瑶はくようは、涙声になっていた。
「ごめんよ。あの言葉はうそじゃなかった。でも、本当にむずかしい仕事なんだ。上手うまくいく保証ほしょうはないし、国へ帰れるかどうかもわからない。
 君は村長むらおさの娘さんだ。大事に育てられて、きっと良いところへとつぐだろう。旅の男のことなんか、きっとすぐに忘れるよ」
アイハルは真っ直ぐ前を向いて、両手を固く組んでいた。

 「忘れないわ。だって私、あなたが好きだもの。初めて草原で見つけた時から、ずっとずっと好きなんだもの」
 白瑶は、アイハルの腕にほほを寄せて言った。暖かい涙が、そでをとおってアイハルの腕を濡らした。アイハルは組んでいた腕をほどくと、右手に残った三本の指で白瑶の涙をぬぐい、細い肩を抱き寄せた。
「今夜、はなれに来られるかい? 入口のかぎは開けておくから」
そう言うと、アイハルは白瑶の濡れた頬にそっと口づけた。白瑶は名残り惜しそうに腕を離すと、うなずいて屋敷へ戻っていった。
 その夜、屋敷の人々が寝静まった頃、白い影がそっと離れに入っていった。白瑶と同じ寝所しんじょに寝ている妹は、姉が出ていったのに気づいたが、背中を向けて知らぬふりをした。次の日もその次の日も、白瑶は夜中に寝所を抜け出して、明け方、家族に気づかれないように戻った。

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