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月と陽のあいだに 66

浮雲の章

コヘル(13)

 コヘルの言葉通りに月蛾国げつがこくへ行けば、白玲はくれい否応いやおうなく内乱ないらんに巻き込まれる。それ以前に、輝陽国きようこくから突然あらわれた皇女こうじょを、人々はどう受け止めるだろうか。所詮しょせんは、宮廷きゅうてい内の権力けんりょく闘争とうそうに利用されるだけではないか。それならば、このまま巫女みことして、輝陽国で人々の暮らしにって生きる方が自分らしいと、白玲は思った。
「我々も、飢餓きがに苦しむたみに、戦いでちをかけるようなことはしたくありません。あなた様は、宮廷内の権力闘争とお考えかもしれませんが、宮廷内で片付いて民に実害じつがいが出ないのが、最良のさくだとは思われませんか?」

 『えのきかない皇女』という言葉が、白玲の心の奥に引っかかって消えない。
ーー自分をここまで育ててくれたのは輝陽国だ。大神殿だいしんでんには、大きなおんがある。
  それでも、自分にしかできないことがあるなら、やってみたい気もする。
  何より、父のことを知りたい。遠い昔に暗紫あんし山脈さんみゃくを越えた人々のことを知り
  たい。婆様ばばさまくなり、いかりが切れた船のように止まる岸べを失った今、月蛾
  国との血のつながりを知ることは、自分のほこりを取り戻す機会きかいになるかもし
  れない。

 「少し時間をいただけませんか」
白玲は、めた茶を一口ふくんで言った。
「もちろんです。しかし長く待つことはできません。あなた様の宿下やどさがりのお許しは十日間でしたな。お帰りの日数を考えると、明日中にお返事をいただかなくてはなりません。月蛾国へおいでくださるなら、この場所でお待ちいたしております」
そう言って、コヘルは小さくたたんだ紙をえんに置いた。
 「お茶をごちそうさまでした。婆殿ばばどのにお別れをなさったら、今度はあなた様ご自身の足で、新しい道をお歩きください。私どもは、あなた様をお守りいたします」
 白玲が「お菓子をごちそうさまでした」と礼を言うと、頭を下げたコヘルはやしろの森を後にした。

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