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月と陽のあいだに 186
波濤の章
告別(1)
トーランの棺が戻った日、そぼふる雨はユイルハイの桟橋に佇む人々の喪服を濡らした。小舟に引かれてゆっくりと接岸した船の甲板には船員たちが並び、礼砲の代わりに鳴らされた汽笛が、長く悲しい尾を引いた。
礼装の近衛士官が棺を担ぎ、喪服に身を包んだ初老の女性と、アルシーとオッサム、カナン皇衙の領事が続いた。剣を立てて礼をする兵士の間を抜けると、棺は馬車に乗せられ、月神殿の仮墓所を目指して長い橋を渡っていった。
演習船座礁の知らせは、早馬でカナン皇衙に届き、間を置かず鳩便で月蛾宮に伝えられた。知らせを受けた皇帝は、白玲の後見役であるネイサンをカナンガンへ向かわせ、女官長は側仕えのニナを同行させた。
さらに、皇帝はトーランの留守宅に侍従長を差し向け、残された母に哀悼の意を伝えるとともに、トーランの階級を上げ、多額の弔慰金を支給した。夫亡き後、一人息子の成長だけを支えに生きてきた母は、泣くことも忘れたようにその知らせを聞いていた。
トーランの葬儀は、白玲の帰還を待って、月神殿で行われた。近衛連隊旗に包まれたトーランの棺に、白玲は長く深い礼をした。
「あなたに守られたこの命を、この国の安寧と繁栄のために捧げると誓います」
心の中で祈り目を閉じると、トーランの笑顔が浮かんだ。いつも傍にあって、白玲を守り支えてくれた大切な仲間だった。皇族は臣下に跪いてはならないというエレヤ夫人の教えに、白玲はこの日初めて背いた。
英雄墓地に埋葬されるトーランを見送って、白玲が月蛾宮に戻ると、皇帝はアンザリ領からの帰還を命じた。皇家の血筋を守ることは、他の何よりも優先されるのだ。
残務を片付けるために、白玲は半月だけカナンへ戻ることが許されたが、以前にもまして厳重な警護がつけられた。同行したアルシーは、潰れそうな心をこらえて宿舎を片付け、トーランの遺品をまとめてユイルハイへ送り届ける手配をした。
一人残ったオッサムは、市中に新しい住まいを見つけて移り住んでいた。宿舎の片付けを手伝いながら、アルシーがぽつりぽつりと語る思い出を静かに聞いていた。
官吏を辞した白玲は、月蛾宮に戻って皇帝の秘書官として働くことになった。皇后府から内府へ移った後も、白玲には皇帝の日常に触れる機会がほとんどなかったので、これは貴重な経験になった。
公の場では常に毅然としている皇帝が、側近以外立ち入ることのない書斎では喜怒哀楽をあらわにし、一つ一つの決断にどんなに懊悩するかを初めて知った。一国をその肩に担うことの重圧を目にして、それに四十年も耐えてきた皇帝の意志の力と忍耐を思い知った。
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