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月と陽のあいだに 90

浮雲の章

月族(1)

 その夜、洞窟どうくつの外では雪がしんしんと降り続いた。雪解けが待たれるこの時期は、時折こうして大雪になることがあるとニイカナが教えてくれた。
「今夜は、あたしたちと一緒に休むといいよ。ずっと男と一緒で、気が休まらなかっただろうから」
「ありがとう。やっぱり女の人と一緒の方が落ち着くわ」
ニイカナの言葉に、白玲が笑って答えた。その夜は、本当にゆっくり眠ることができた。

 朝になると雪は上がったが、空は厚い雲に覆われて、太陽は顔を出さなかった。合流するはずの月蛾げつが国の武人は、まだ村に姿を見せていない。降り積もったばかりの雪は危険だから、あと一日か二日この村で待つことになるかもしれないと、村人たちが話している。
 それなら、と白玲は水場を借りて肌着を洗った。のそばに掛けておけば一晩で乾くと、女たちが言っていた。氷混じりの水で洗い始めると、すぐに手が切れるように痛くなる。山の暮らしの厳しさがわかるような気がした。そんなに厳しい暮らしでも、集落の女たちは明るい。雪に耐え寒さに耐えて、山の自然と折り合いながら生きていると、小さなことで落ち込んでいられないのかもしれない。その強さを、白玲はうらやましいと思った。

 夕方、白玲は女たちに誘われて「いいところ」へ出かけていった。山道をしばらく歩くと、岩陰から煙が立ち上っているのが見えた。近づくと、それは煙ではなく湯気ゆげだとわかった。谷川に近い岩場に、湯だまりがある。
「温泉だよ。今日は女湯の日だから、みんなでゆっくりあったまろうと思ってさ」
 そう言いながら、女たちは次々に着物を脱いで湯に入っていく。ものの本で読んだことはあるが、本物の温泉は初めてだ。白玲は、囲いもないところで着物を脱ぐのをためらった。それでも、早くおいでとかされると、肌着を脱いで湯に足をつけた。
「あっ、あったかい!」
白玲の歓声かんせいに、女たちの笑い声が重なった。

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