月と陽のあいだに 132
青嵐の章
縁談(3)
翌日、白玲は皇后に拝謁した。
「せっかくいただいたお話ですが、やはり私は官吏になりたいです。結婚するより、その方が自分を生かせると思います。どうか官試を受けることをお許しください」
そう言って頭を下げ続ける白玲に、皇后は顔をお上げと声をかけた。白玲が恐る恐る顔を上げると、その頬に平手打ちが飛んだ。パーンと高い音がして、白玲の頬が赤くなった。
「この縁談を断ることは許さぬ。ただでさえ美しくないのだから、頬の腫れがひくように、さっさと下がって冷やすがよい」
驚いて動けなくなった白玲をその場に残し、皇后は奥の部屋に消えた。
白玲は頬に手巾を当て、悔し涙をこらえて自分の宮へ帰ってきた。急いでなんとかしなければ、官試どころか顔も知らない相手に嫁がされてしまう。もし、この縁談が皇帝の意思でないのなら、皇帝に直談判すれば断ることができるかもしれない。そう思った白玲は、衣を整えると外朝へ向かった。
「姫様、どちらへおいでですか?」
白玲が内廷と外朝の境の門の詰所に着くと、皇后府の侍女が声をかけた。皇后の一番の側近だった。
「外朝の皇帝陛下の御座所へ参ります」
それはできません、と侍女が言った。
「皇帝陛下に拝謁なさるなら、皇后陛下のお許しをいただかなくてはなりません。皇帝陛下はご多忙でいらっしゃいますから、急なお目通りはかないません」
そう言うと、侍女は皇后府へ戻っていった。
自分の宮へ戻ってきた白玲のもとへ、皇后からの呼び出しがきた。
「縁談を断るために、皇帝陛下に拝謁しようとしたのはまことか?」
はい、と白玲は真っ直ぐ顔を上げて答えた。
「皇帝陛下は、私を嫁がせるために、わざわざコヘル様を輝陽国へお遣わしになったとは思えません。私をこの国へ呼んでくださり、皇女として受け入れてくださった陛下のために、朝廷の官吏として働きたいのです。縁談をお断りすることを、お許しくださいませ」
皇后は、冷ややかな目で白玲を見下ろした。
「まだそのようなことを言っているのか。そなたがそんな気持ちでいるのなら、なおさらこの縁談を早く進めるだけのこと。明日、オラフを呼びましょう。未来の夫に失礼のないようにするのです」
「お相手がどなたでも、結婚するのは嫌です」
白玲はキッパリと言った。どうせ折檻されるなら、言われるままになるのはごめんだった。
「そなたの意志など関係ない。この縁談は決まったものなのだから」
手を出しなさいと言われて、白玲がためらっていると、侍女が無理やり手を引いた。皇后は壁にかけてあった乗馬用の短鞭をとって、白玲の手の甲を打った。驚いて手を引いた白玲に、わがまま者と言い捨てると、皇后は部屋を出て行った。
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