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三日坊主日記 vol.17 『29年目の今日』

あの日からまる29年か。

昨夜は何故か眠りが浅くて夜中に何度も目を覚ました。明け方になってもなかなか眠れず迎えた5時46分、なんだかとても嫌な予感がしたが、何も起こらなかった。

1995年の今朝、下から蹴り上げられるような衝撃で目を覚ました僕は、飛び起きて何故か咄嗟にリビングの水槽を押さえていた。そして妻の叫び声で我にかえり、妻の寝室へ入ると、彼女は二人の息子に覆い被さるようなカタチで抱きしめていた。母は強し。

暫くの間、あなたは私たちより熱帯魚の方が大切なんだと嫌味を言われたが、そうやって冗談言ってられるのも家族全員無事だったから。

永遠に続くように感じた揺れも、終わってみれば15秒ほど。経験したことのない激しい揺れも、僕が暮らす地域(大阪)では震度4程度だった。壊滅状態だった神戸の街はどれほどの揺れだったのか。亡くなった六千人を超える人たちはどれほど恐ろしかったんだろう。

あの日以降、何も起こらない安全安心な世の中なんてない。いつ日常がひっくり返るようなことが起きても不思議ではない。という覚悟を刷り込まれたような気がする。

その後も大きく悲惨な災害は起こり続けているし、これからも恐らく起こるんだと思う。だとしたら日常をどう生きるのか。いつ何が起こっても悔いのない生き方ができているのか。この日くらいはまじめに考えてみたいと思う。

今日は仕事で金沢。
能登ではまだ多くの方が災害の真っ只中。

阪神淡路や東日本、そして能登の震災で命を落とされた方をはじめ、あらゆる理由で命を落とされた全ての方へ、心よりご冥福をお祈りいたします。

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