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五輪の国別メダル獲得データをどう評価するか/データで読み解くトレンドニュース

パリ五輪では日本人選手の活躍が連日報道されました。個別種目で誰がメダルをとるかはもちろん、日本選手団がどのくらいメダルを取るかは、五輪のたびに国民にとっての関心事になっています。パリ五輪の国別メダル獲得数に関する予測や評価について、「データをどう解釈するか」という視点から多面的に考えてみましょう。


パリ五輪でのメダル獲得数は「過去最多」ではない

パリ五輪で日本選手団が獲得した金メダルは、2004年のアテネ大会での16個を上回る20個、総メダル数も2016年のリオデジャネイロ大会の41個を上回る45個となり、いずれも海外開催の大会として過去最多を更新したと報道されています。金メダルでは米国、中国に次ぐ3位、総メダルでは6位、好成績であることは間違いありません。
 
一方、前回の東京五輪では金メダル27個、総メダル58個を獲得しており、今回の結果は大幅な減少と見ることもできます。JOC(日本オリンピック委員会)は大会前に金メダル20個、総メダル55個を目標としていましたので総メダル数では目標に届かず、厳しい結果となったはずです。それにもかかわらず、「海外大会での」「国内開催を除いて」といった表現で過去最多と報道されました。

図表1:日本のメダル獲得数(結果)とJOCによる獲得目標

開催国が通常より多くのメダルを獲得する現象を「開催国効果」と言い、これはロンドン五輪や北京五輪でも見られました。選手が自国開催の大会で強いモチベーションを持つこと、競技場の整備やトレーニング環境の向上、慣れた気候や移動の少なさ、そして開催国特権によるエントリー枠の増加などが理由と言われています。自国開催という有利な条件を除外して評価することには一定の合理性がありますが、「比較範囲次第で評価も変わる」ことはどんなデータ解釈においても必要な心掛けです。

競技数と種目数の増加がメダル数に与える影響

実は日本以外の多くの国でもメダル獲得数が増加しています。それは、近年新たな競技が追加され、メダル総数そのものが増加していることが要因のひとつです。1970年代以降、柔道やサッカーなど男子のみだった種目に女子種目が加わり、2000年以降はゴルフやサーフィン、スポーツクライミング、スケートボードなども正式種目となりました。パリ五輪ではブレイキンも加わり、東京五輪に続いて1,000個を超えています。
 
過去の夏季五輪におけるメダル数の推移を見ると、1964年の東京五輪では504個だったメダル総数が、2020年の東京五輪では1,080個にほぼ倍増しています。参加国数も増えたとはいえ、メダル数を「国力」の指標として考えるなら、総メダル数に対するシェアも参考になるはずです。

1964年の東京五輪では、日本のメダル数は総メダル数の5.8%を占めており、これは過去最多でした。次に高いシェアを記録したのは2020年の東京五輪で5.4%、そしてパリ五輪では4.3%でした。メダル数が「シェア」で語られることは少ないですが、データを読む際には、実数だけでなくシェアも意識することが重要です。自社の売上が増加していても、市場全体の成長がそれを上回っていれば、市場シェアは下がることになります。

図表2:五輪の総メダル数と日本の獲得メダル数の推移
1948年ロンドン大会と1980年モスクワ大会は、日本不参加のためデータ欠落

図表3:日本の五輪獲得メダル数とシェアの推移
※1948年ロンドン大会と1980年モスクワ大会は、日本不参加のためデータ欠落

 メダル数はどのように予測されるのか

スポーツイベントの予測では、Nielsen社傘下のスポーツ・エンタメ市場データ分析会社であるグレースノート社が良く知られており、日本のメディアでも頻繁に引用されています。音楽データベースのブランドとしてもご存じの方も多いでしょう。五輪の国別メダル数の予測はワールドカップなどの勝敗予測と比べても難易度が高いとされています。五輪競技は多様で、それぞれに異なる要因がメダル獲得に影響するからです。個人競技とチーム競技では予測アプローチも異なるものになります。
 
グレースノート社がメダル数を予測するプロセスは、「バーチャルメダルテーブル」(VMT)と呼ばれます。このプロセスでは、直近のスポーツ大会の結果を分析し、特に前回の五輪以降に開催された世界選手権や大陸選手権などの国際大会のデータを用いて、各国や選手が次回の五輪でどのような成績を残すかを推定しています。
 
そのプロセスには五輪での長期的な時系列トレンドや各国の特定スポーツにおける強み・弱み、さらにロシア選手の参加制限など、特定選手の参加や除外に基づく最新情報による調整も含まれており、随時更新されます。開会式直前の最終予測と結果を比較すれば、非常に高い精度で予測が行われていたことがわかります。

図表4:グレースノート社の予測と実際の結果

精度の高い予測の背景にある「平均への回帰」

五輪では、メダルが確実とされていた選手が敗退したりノーマークの選手がメダルを獲得したりすることが頻繁に起こりますが、国別の総メダル数予測には大きなズレが生じにくいと言われています。グレースノート社の予測も多少の順位のずれはあるものの、上位10か国は結果と一致しており、その相関係数は0.99です。

図表5:メダル予測と実績の相関関係

 理由のひとつが「平均への回帰」です。非常に高いまたは低い値が観測された後に、その次の観測値が平均に近づく傾向を示す統計的な概念です。五輪のような大規模なスポーツイベントでは、個別の選手が非常に好調だったり不調だったりすることがある一方、全体のパフォーマンスは過去の実績や選手層の厚さに基づいて、平均的な水準に収束し最終的には国全体のメダル数はその国の本来の実力に近づくのです。
 
とはいえ不確定要素の多い予測は、データ分析会社にとっても覚悟が必要です。それでも公表するのは、予測プロセス研究やモデル構築がノウハウとなるからです。選挙や大規模なスポーツイベントは、過去のデータや成績に関する客観的なデータが豊富であり、予測精度を評価できるため、新たな仮説や手法を試す絶好の機会でもあります。

「国力」を測る多様な指標

私たちが日本のメダル数にこだわり関心を持つのは、メダル数が何らかの「国力」を象徴すると考える背景があるからでしょう。メダルは、アスリート個人の資質や努力の結果であり、そこの多少の運も影響しますが、五輪メダリストの為末大さんは、日本の躍進は十分な予算や戦略に基づく強化策の成果、コーチや選手の科学的な思考と指導の定着も理由としてあげています。
 
スポーツ以外でもGDPをはじめ「国力」には多様な指標が使われますが、そのひとつが文部科学省の「科学技術指標」で、科学技術分野の実力が評価されます。毎年話題になるのが引用数の多い重要研究論文の国別ランキングで、あたかも「知の五輪」といったイメージがあります。実はこちらも米国と中国が圧倒的な存在感を持ち、3位以降に欧州諸国が並ぶ点はメダル数のランキングにとてもよく似ています。
 
日本は論文の発表数こそ世界第5位ですが、内容が優れ貢献度も高いTop1%の論文数では12位で、五輪のメダルと比較すると残念ながら低い順位にとどまっています。国家戦略として研究者の育成や環境づくりに予算を充てることで、順位やシェアを向上させることも必要でしょう。

図表6:重要論文ランキング


さいごに、データ解釈における今回の要点をおさらいしましょう。

  1.  有利な自国開催を除いて過去最多という報道に合理性はあるが、対象を少し変えれば評価も変わることをどんなデータ解釈でも心がけておく

  2.  メダル数が増えるのはそもそも分母である総メダル数が増えているのも一因。実数だけでは実態がわからないのでシェアなども参考にする

  3.  個別競技では番狂わせも予想外もあり、国別の予測は難しいが「平均への回帰」によって全体としてみれば精度が高くなる

  4.  メダル数や重要論文数は「国力」を示す指標でもある。個人が生み出すものではあるが、予算や支援など国の施策の効果も期待できる

ニュースやSNSで話題になる数字をそのまま受け取るだけで終わりにせず、少し視点を変えてみたり、背景や理由を考えたり、他の事象と比べたりすることでさらに理解は深まります。このような「複眼思考」はマーケターやリサーチャーにとって大切なスキルであり、ふだんから心がけておきましょう。

筆者プロフィール
萩原 雅之

マクロミルシニアフェロー
トランスコスモス・アナリティクス株式会社 取締役エグゼクティブフェロー
マーケティングリサーチャー

日経リサーチ、リクルートリサーチ、ネットレイティングス(現ニールセンデジタル)代表取締役社長を経て、2004年ネットリサーチ総合研究所所長に就任。青山ビジネススクール、早稲田大学ビジネススクール非常勤講師。日本世論調査協会個人会員。著書に『次世代マーケティングリサーチ』(2011年)など。

<参考資料>
パリ2024オリンピック公式サイト「メダル獲得数」
Virtual Medal Table, Gracenote
文部科学省「科学技術指標2024」
為末大さんのFacebook投稿(8月12日)