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よろこび来るその季節(ft.『Amazing Season』)【Sandwiches #49】

 昨日、ためしにと思ってひと駅ぶん地下鉄に乗ってみました。じつに2ヶ月ぶりの改札にあってはSuicaのぴぴっとなる音もなんだか懐かしく、加えてそわそわしながら腰を下ろした硬いシートの感覚よ、ああ! そこから伝わる振動とともに、平坦に弛緩していた感慨がぶるり、ふるえてゆらぎだしたようやった。すっかり忘れていた諸感覚の「取り戻し」、こりゃいつぞやこの連載でも触れた漫画『どろろ』の主人公・百鬼丸のごとき旅路の予感。

 お茶濁しのごとく「特別編」をはさみましたが(マイ・スプリング・ジャーナル(特別編)【Sandwiches #48 】)、今日は「楽曲紹介」シリーズ。引き続き2ndアルバム『KINŌ』からM4「Amazing Season」をご紹介します。

 映像は、おとついご紹介した「Deadbody」と同じくウエダマサキさんの手によるもので、主演にモデルのMeriさんを迎えて制作されました。YouTubeのコメント欄でもちらほら指摘されている通り、わたし個人愛してやまないニュージーランドのシンガー、Fazerdazeの「Lucky Girl」というビデオをパロディ的に解釈し再構成した作品でもあります。実はわたし自身は撮影に同行できなかったのだけど、一度訪れてみたい美しいロケーションです。

 そういえば昨日の「特別編」でもご紹介したのですが、「Stay home but Not alone」というアーティスト支援プロジェクトに参加した際にこのビデオのワンシーンを切り取ったTシャツを制作しました。

 今週いっぱい販売しているとのこと! と宣伝はさておき、なぜこのビデオをデザインのモチーフに選んだのか。そのあたりは関連するインタビュー記事などでお話ししているので短くまとめると、この「Amazing Season」の歌詞、そしてMVから喚起されるイメージが、一連の隔離的状況におけるムードとある種近しいものとして感ぜられたことが大きな理由です(あくまでわたし個人の手触りでありますが)。「誰もいない 部屋でwasting time」というサビのフレーズなんかまさにぴったしかんかんじゃないかしら。

 ここで思い巡らしてみれば「Amazing Season」のふわりとした主題のひとつは「自意識の消失」みたいなことなのかもしれません。無限に続くような茫漠としたひとり時間のなかでは、他人だけでなく、おのれ自身の存在すら希薄になってゆくような感覚がたしかにある。

 それは、前半でRapされる「次第に透明になっていった 「わたし」「I」というwords」なんてことばのあらわす通りの思いで……しかもそれを指摘する「」に対して、「どうでもいいことなのに 笑っちゃうな」とまでいってのけるわたしはなにやら達観・諦観の顔つきであります。これは2017から18年のあいだに書いた曲だと記憶していますが、最近の「外出自粛」など関係なく、いつだってちょっぴりふさぎこんでいるのだな。

 ここでMVにもどると、悠久のときのなかで「わたし」という感覚が透明にとろけて消えてゆくようなイメージが、そのまま映像のループする演出にも繋がっているような気がしてまいります。くわえて「部屋のなか」で終始する歌詞にも関わらず、ほとんどの映像がとても開放的で美しいロケーションというのがとてもすてきで、なんでかってこの曲は決して陰鬱なものではない。

 だってねだってね、タイトルがあらわしている通り、その時間時間を「Amazing Season」、要はすばらしい季節の到来だとも宣っておるからよ。「部屋のなか」にいながら、同時にどこまでも開かれた「そと」に向かっている、と、自分でもなにを言っておるのかわからなくなりそうですが、とかくその「すばらしい季節」を希求するこころ、それは映像に映る浅瀬の海面のごときおだやかさきらめきをたたえていて……言い換えれば、これから来る喜びをも予感させる希望に満ち満ちているのです。

 ひとりよがりな語りはほどほどに口をつぐむとして、最後にこのイメージはアズマリキさんによるバックトラックの力も大きい、ということを付け加えておきましょう。noteで連載されたプロダクション・ノートNo2 こちら側から見たマコマレッツ _ STUDIO75 覚書)に書かれているのですが、このトラックはわたしの手に渡るから「Amazing Season」というタイトルだったのだ! もしそうでなければ一連の歌詞も浮かばなかっただろうし、まっこと、あらゆるピースがぱちりとはまった結果うまれた曲と、映像だという気がしています。

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 一日ぶりのお便り返信コーナーです(今日掲載できなかったものも、明日以降順番にご紹介させていただきますね)。

●ペンネーム:ゆうこのズンドコ筋さん

こんにちは。夢の中で空飛んでたら急に落ちる夢を見て夢で良かったー!と思った朝はどこか変な気持ちになります。そんな変な夢と現実の狭間を感じたことはありますか?

>>こんにちは! 夢といえば実はしばらくの間ずうっとみていなかったのだけど、本当に最近、首を痛めてからめっぽう眠りが浅くなったようで……しょっちゅう変なヴィジョンに捕まるようになってしまいました。今朝はなんやろか、ヘビに襲われておった。

 こうした夢って、奇妙に実感を伴っていることも多いですよね。VRゴーグルなんかでみる映像と同種の感覚があるような気がして、それは脳みそがはんぱに錯覚を起こしていたりするのでしょうか? そういえばちょうど先週『パプリカ』という夢をテーマにしたアニメ映画を観たのですが、ご存知の方も多いでしょう、これは他人と夢を共有するデバイスが登場する近未来的なお話で、序盤から夢と現実の区別がつかなくなるような演出が続いてなかなかおそろしいもんでした。

 夢のなかにあって「これは夢だ」と気づくことができれば自由に行動できるなんて聞いたことがあります。一度は体験してみたい気もしつつ、ヘビに襲われた今朝のわたしはヒイヒイ逃げ惑うばかりやったし、そんな実感ばっかり手に入れてもしゃあないかしら。もっと、こう上手にコントロールできたらいいのにと思うけれど、夢の支配もまたひとの夢! 夢に夢が重なってはほんとう厄介な想像で、ただいま願うならば、夜はぐっすり眠りたいもんです。

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