低コストのマーダーミステリー製作

はじめに

 2023年5月13、14日に開催されたゲームマーケット2023春で、「ゲームマーケット2023殺人事件」というマーダーミステリー300部を無料配布しました。このプロジェクトにはスポンサーなどはなく、すべて自費で行なっています。
 無料配布を実現するためには「できるだけ安く製造する」ことが重要です。過去、ゲームマーケットでさまざまな無料配布ゲームを実施してきたノウハウを、今回公開します。
 無料配布自体はあまりおすすめできませんが、パッケージ型マーダーミステリーを製作すつ上で、コストを抑えるヒントになるかもしれません。なお、印刷所などの価格は2023年5月時点のもので、税込価格になります。

今回の実例

 まず、今回無料配布した「ゲームマーケット2023春殺人事件」の製造原価がいくらなのかを説明しましょう。「ゲームマーケット2023春殺人事件」のコンポーネント(内容物)は以下の通りです。

  • ルールブック 1冊

  • キャラクターシート 4冊

  • エンディングシート 1冊

  • OPP袋 1点

 これを全部で300部製作しました。

●紙印刷
 紙の部材はルールブック、キャラクターシート、エンディングシートとありますが、これらはすべて同じ仕様です(A5/4ページ/カラー印刷。つまりA4両面カラー印刷を2つ折りにしたもの)。同じものが6点あることになります。1点あたり2550円(300部の価格)、6点なので15300円です。

●OPP袋
 Amazonで100袋入り3点で1110円、配送料185円で合計1295円です。

 ということで、印刷代とOPP袋で合計16595円。1部あたり約55.3円でした。私は無料配布するときは1部あたり100円以上にならないようにしているので、これは許容範囲内です。
 ちなみに、もしこれが100部だったらどうなるか。印刷代は1910円×6種=11460円、OPP袋は320円+配送料160円=480円、合計11940円。1部あたり119.4円で300部にくらべてかなり高くなりますが、販売するのならかなり安い製造費といえるかもしれません。

キャラクターシートの印刷

 マーダーミステリーのキャラクターシート(設定書、ハンドアウト)の印刷について詳しく説明します。

●形状
 マーダーミステリーのキャラクターシートには「秘密」が書かれており、これは配布時に見られてはいけません。特にGMレス作品では、GMではなくプレイヤーが配るので中身が見えない工夫が必要です。なので、キャラクターシートは冊子、最低でも2つ折りになっていることが望ましいです。
 ところが、冊子印刷はペラの印刷に比べてコストが高くつきます。A5サイズ8ページの冊子は、A4サイズ2枚分(2つ折りにすれば、A5サイズ8ページになる)より、はるかに高くなるのです。無料配布などでコストを優先させる場合、冊子を使うのは難しいのでペラを2つ折りにした4ページの冊子がよいでしょう。

●サイズ
 あくまで持ちやすさで言えば、A4サイズの冊子(広げるとA3サイズ)は大きすぎます。B5サイズ、A5サイズの冊子がよいと思います。それ以下のサイズもよいとは思いますが、今度は1ページに入れられる情報量が少なくなり、ページ数が増えてしまいます。
 コスト都合で言えば、A4サイズの印刷が一番需要があるため、A4サイズが他のサイズよりコストパフォーマンスがよいです。そのため、A4サイズを2つ折りにしたA5サイズを選択しました。

●紙の種類
 一番安いのは一番よく使われる「コート紙(光沢紙)」です。表面がつるつるしていてテカテカ光を反射しますが、これが安っぽく、読みにくく感じることもあります。また、紙がペラペラした感じになります。
 私がベストだと思っているのは「マットコート紙(半光沢)」です。これだと上品な光沢があります。ちょうどカードゲームのニス塗りのカードとよく似た光沢と手触りです。また、紙にコシがあり、適度なしなりがあって持って遊びやすいです。コート紙よりは若干高くなりますが、それでも今回はマットコートにしました。
 なお、紙に直接書き込むことがあれば、鉛筆やペンが乗りやすい「上質紙」という選択もあるでしょう。

●厚さ
 今回一番なやんだのが紙の厚さです。一般的なのはコピー紙くらいの厚さの「90kg」です。一般的なカードゲームのカードの厚さなら「220kg」くらいです。
 キャラクターシートを手に持ちながら遊ぶなら、たわまない220kgか180kgがいいのですが、価格が1.8倍くらいします。しかも普通ではきれいに2つ折りできないので折加工代もかかります。コスト都合で泣く泣く90kgにしました。
 それでも90kgのキャラクターシートは、市販のパッケージ型マーダーミステリーでも普通に使われている厚さです。マットコート紙にしたことで、ある程度丈夫さも担保できたと思います。

●カラー/モノクロ
 実はカラーかモノクロかは、そこまで価格差が出ません。プリントパックでA4サイズマットコート紙90kg300部の場合、

  • 両面モノクロ 3670円

  • 両面カラー  3990円

になります。しかもモノクロの場合、よりハイセンスなグラフィックデザインを要求されます。特にこだわりがなければカラーを選択したほうがよいでしょう。

●印刷所
 以上の仕様が決まったので印刷所を決めます。ネット上の印刷通販価格比較サイトを使ったのですが、プリントパックが一番安いようです。まあ、いつも使っているところなので安心感とあきらめ感があります。

●納期
 納期は長ければ長いほど安くなります(その分早く入稿しないといけなくなりますが)。以前はプリントパックは納期7日や納期10日の安いコースがあったのですが、現在は最大納期は4日になっていました。その分安さには限界がありますが、ギリギリまで作れるのはありがたかったです。

●部数
 まずは、プリントパックのチラシ印刷(A4サイズ、マットコート90kg、両面カラー、納期4日)の価格を見てみましょう。

  • 100部 1910円

  • 200部 2230円

  • 300部 2550円

  • 400部 2710円

  • 500部 2870円

  • 600部 3100円

 見ての通り、部数が多いほど単価は安くなります。今回は発表時のツイートやいいねの数から200部もあればいいだろうと判断し、その後のイベント用に100部上乗せして300部にしたのですが、全然足りませんでした。どうやら、「自分が確実にもらえるように」とツイート控えが起きていたようで、数を読み違えました(今までの無料配布ではなかったので、マーダーミステリー特有の動きかもしれません)。
 なお、これは通常のチラシ印刷なので最低ロットは100部ですが、少部数に適したオンデマンド印刷なら100部以下にも対応しています。例えば、50部なら1390円です。

ルールブックなどの印刷

 ルールブックやエンディングシートはどうしても文章量が多くなりがちです。キャラクターシートがA5サイズ4ページにおさまっても、さらにページが多くなってしまうこともあるでしょう。
 ですが、そこをがんばってキャラクターシートと同じ仕様にできれば、コスト的にはかなり節約できます。まあ、無料配布でないのなら、ページを気にせず冊子印刷にしてしまうのもおすすめです。

パッケージ

 これはパッケージ型のマーダーミステリーにかぎらず、アナログゲーム全般に言えることですが、「箱」にはとにかくコストがかかります。きれいな箱は手に取ってもらいやすくなりますし、大きな箱はショップの棚で目立つことができます。しかし、今回は無料配布ですし、なによりマーダーミステリーは基本1回きりなので収納性を切り捨てることもできます。ということで、今回は箱入りにはしませんでした(本当は箱を安く作る方法もあるのですが、それはまた別の機会に)。
 封筒などの紙袋もありますが、紙はどうしてもシワになりやすく、見た目がよろしくありません。
 そこで使うのがOPP袋です。ボードゲームでも昔からPP製のチャック袋(ジップロック)に入れたチャック袋ゲームがありますが、OPP袋はPP製のチャック袋に比べて透明度が高く、光沢もあり、安っぽく見えません。チャック袋のようにチャックが見えて「あ、チャック袋だ」ともなりません。何よりチャック袋よりも安く、商品本体にフィットするので場所も取りません。テープ付きのOPP袋を使えば密閉することもできます。
 OPP袋を使う場合、表紙面(箱でいえば上面)と裏表紙面(箱でいえば底面)も用意しておくとよいでしょう。

コストを抑えるゲームデザイン

 さて、コンポーネント(内容物)の面からコストを抑える仕様を説明してきましたが、ゲーム自体もこの仕様にあわせていく必要があります。あるいはゲームデザインを工夫をすることでコストを下げることもできます。

●カードを使わない
 多くのマーダーミステリーでは、情報を得るのにカードを使いますが、カードは製造コストを上げる最たるものです。また、自分たちでカードの丁合をしようとするとかなりの労力になります。カードを引くときに使うトークン(おはじき)も必要になってしまいます。
 安くマーダーミステリーを作りたいなら、まずはカードが本当に必要か、カードがなくてもおもしろいものが作れないか考えてみるのをおすすめします。また、カードを完全になくさないにしても、キャラクターの人数×1枚や、人数×2枚にするだけでも節約はできると思います。
 カードがなくても、情報を少しずつ追加できるなら、おもしろさは担保できます。よくあるのは、各々のキャラクターシートに追加情報が書かれており、これを決められたタイミングで順番に音読するというものです。「ゲームマーケット2023春殺人事件」でも「証言」という形でこのメカニクスを使っています。3回ある議論フェイズの最初に、各プレイヤーは自分のキャラクターシートの「証言」の欄にあるセリフを読み上げます。この方法は、カードをひくのに比べて「調査している感」は出ませんが、ゲームデザイナーが情報を出す人物やタイミング、そして情報の内容をコントロールできるというメリットがあります。
 他には、カードのかわりにQRコードを記載しておき、カードをひくかわりにQRコードを読み込んでWEB上の情報を得るやり方もあるでしょう。
 コストを削減する工夫をすることで、新しい楽しさを得られるかもしれません。

●プレイ人数
 一般的に、プレイヤー人数が増えればコンポーネントも増え、製造コストも増えます。キャラクターが4人なら4冊ですんだキャラクターシートが、キャラクターが8人なら8冊必要で、単純にコストが2倍になります。ですので、キャラクターは少ないほうがコストを抑えられます。
 ただし、ご存知のとおり、1人用のマーダーミステリーはかなりの変化球ですし、2人用もかなり特殊です。普通のマーダーミステリーでは必要のないコンポーネントが必要になる可能性もあります。3人用も曲者で、通常のマーダーミステリーのゲームデザインにない手法が必要です。
 そんなわけで「ゲームマーケット2023春殺人事件」は4人用にしました。2人用を作る経験値がたまり、ラクラク2人用が作れるようになったら2人用にも挑戦したいですね。

●キャラクターシートの分量
 今回のキャラクターシートはA5サイズ4ページ。表紙と裏表紙(表4)は外から見えるので、使えるのは2ページしかありません。見開き2ページ、つまりA4サイズの面積のみです。
 文字のフォントを小さくするには限界がありますし、行間もそれなりに確保して読みやすくしたい。そうなると文章量は決まってきます。
 まず大前提として、簡潔な文章で読みやすくしなければなりません。また、許された文章量で表現できるスケールの物語でなければなりません(その人物の過去を2000文字にわたって読まないといけないゲームは不向きでしょう)。そして、情報を把握しやすくするため、適切な見出しや情報の種類をあらわすエディトリアルデザインも必要になってきます。
 キャラクターシートの情報をコンパクトにするのは難しいですがメリットもあります。それはゲームを遊びやすくすることです。必要な情報を残し、無駄な情報を削っていくことは、おもしろさにつながっていくはずです。

●ルールブックの分量
 ルールブックをキャラクターシートと同じA5サイズ4ページにすると、かなりたいへんです。ルールブックには必要なルールをわかりやすく、そして間違えがないように書かなければなりませんが、これを見開き2ページでやるにはライティングスキルが必要です。場合によっては、ルール自体をシェイブアップすることもあります。
 ただ、現実的には人はルールの説明を10分もちゃんと聞いてくれません。10分で説明できる程度の分量にまとめることは意味があります。

●エンディングの分量
 エンディングの分量について、「ゲームマーケット2023春殺人事件」では本当に悩みました。マルチエンディングでエンディングを書くには、見開き2ページではまったく足りないのです。8ページの冊子にすることも考えましたが、無料配布でするのはコスト的に無理でした。
 ということで、1つ1つのエンディングはとても短いものとなっています(だいたい100~150文字)。ここは無料配布ということで割り切るしかなったのですが、もっと分岐を減らし、エンディング自体を減らすなどの工夫はすべきだったかもしれません。

●表紙と裏表紙
 OPP袋にパッケージするため、表紙と裏表紙が必要です。表紙や裏表紙の紙を別に入れたり、全体をくるむ紙(表紙と裏表紙が一緒になっている)を入れたりする方法がありますが、どちらにしても追加の印刷費がかかります。
 今回はルールブックの表紙を全体の表紙として兼用し、エンディングブックの裏表紙と全体の裏表紙として兼用しています。

印刷費の誤算

 さて、ここで、誤算だったことにも触れておきます。
 プリントパックには本来、A4サイズ100枚430円という激安のチラシプランがありました。両面印刷ではなく片面印刷なので、2つ折りではなくちょっとかわった折り方をしなければならないのですが、これならルールブック1枚、キャラクターシート4枚、エンディングシート1枚を100部刷っても430円×6種=2580円、OPP袋(ヘイコー クリスタルパックT17.5-21)761円で、100部3341円、1部あたり33.4円でできると思っていました。

 しかし、折からの印刷費高騰で、その激安プランがなくなってしまったため、前述のとおり1部55.3円になり、1.66倍のコストとなってしまったのです。
 まあ、しょうがないですね。

低コスト製作のその先

 さて、説明したとおり、マーダーミステリーは一部119.4円で作れます(100部の場合)。1部200円で売っても利益は出るわけです。
 ですが、個人的にはこれを最低でも1部1000円で売ることをおすすめします。1部売れば880円の利益になります。ただし、これは「儲けてください」という理由からではありません(もちろん儲かるといいですが)。損益分岐点を下げ、余裕を持った製作環境にするためです。
 1部200円で売った場合、損益分岐点を超える(つまり赤字が出なくなる)には60部を売らなければなりせん。1部1000円なら12部売れば損益分岐点を超えます。その分、売上を気にしなくてよくなりますし、赤字と在庫を抱えるリスクも少なくなるのです。大事なのは次を作れるようにすることです。
 もちろん、印刷コストを下げることで、その分ほかをこだわることもできます。イラストにお金をかけてもいいですし、美しい化粧箱に入れてもいいわけです(ですが、箱はいっきに予算が飛び、部屋のスベースと輸送費を食いますよ)。あきらめたカードを入れることもできるでしょう。
 今回の低コストの印刷ノウハウは、マーダーミステリー製作の選択肢を広げるものです。さまざまなパッケージ型マーダーミステリーが増えるのを楽しみにしています。

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