見出し画像

#シロクマ文芸部【チョコレート】2300文字

お題「チョコレート」から始まる物語

「チョコレートです」
私の主治医は端的にそう言った。
もしもその言葉が芸術家のそれであるのなら、
芸術家はチョコレートがなんたるかを表現し、
たとえそこにあるのが、
どう見ても油揚げであろうが、
その芸術家にはチョコレートであれば、
それはチョコレートであるのである。

しかし、
「チョコレートです」
と言ったのは私の主治医である。
彼は私の体を20年以上診察してきた。
値上がりする株の銘柄を見分ける眼力は
大したことはなくとも、
私の体に関するデータの少しばかりの変化にも
敏感に反応し、健康上のリスクを正しく指摘してくれてきた。
LDL値が高くなっていれば、
仕事のストレスからくる飲酒とコーヒーを
減らし、夕食の時間を1時間早くシフトした方が良いなどと、健康の道から外れかけた私の生活の軌道を戻してくれるのである。
人生を歩む中で、心身共に健康であるための
良きペースメーカーであった。

その主治医が、
「チョコレートです」
と言ったのである。
私は次の瞬間、自分の耳を疑った。
そんなはずある訳がないじゃないか。
どうしてチョコレートなんだ。
私の健康に関しては、
彼がいつも正しいのを知っていた。
つまり、それは私に何か間違いがあるのだ。
今主治医が言ったのは、
何か ”チョコレート” 
に似た発音の病名を
言ったに違いない。
そうだ、
主治医はこれから私が直面するかもしれない
リスクの高い病名を言ってくれたのだ。
私はとっさに、チョコレートに似た発音の病名を頭に巡らせてみた。
チ、チ、チ、チ、、、、、
チ・ヨ・コ・レ・イ・ト
そういえば、
その昔の子供の時分、
じゃんけんでよく遊んだなぁ。
チョコレートで勝つと、
結構進めてうれしかったなぁ。

い、い、いかん。
思考の寄り道をちてちまった。

こんどはどうい事だ!
”し” の部分を ”ち” に変換してしまった。

そうじゃないだろ。
今は”ち”のつく病名に集中しなくてはいけない。

おーーー、
この病名なんてどうだろうか。
”ちゅうじえん”
んんん、微妙だな。
”ち”しか合って無いじゃないか。
あえていい線といえば、
半音も一つ入っているところか。
中耳炎か、、、悪くないかもな。
私の主治医は20年以上も
私の顔相を見ているのだ。
耳など見なくとも、
中耳炎にかかるかどうかなど、
顔色を見れば一目瞭然に分かってしまっても
当然だろう。

そう思うと私の不安は和らいだ。
ここからまた、主治医との会話を繋げることができるのだ。

「やはり、相当やばいですか」
私はそう言う事で、
主治医からこれからどのように
対処すれば良いのか聞けると思ったが、
「やばいもやばいですよ。チョコレートですよ」
「、、、、、、、、」
まただ、今度ははっきり聞き取れた。
私の主治医は「チョコレートですよ」
と確かに言った。

私の聞き間違えじゃなかったのだ。
聞き間違えじゃなかった事にふと安心を覚えたのだが、新たな不安の頭がもたげた。

”やばいも、やばいチョコレート”
とはいったい何なのだ。

思考が光速で頭をめぐった。


そういことだったのか、、、、。
チョコレートとは
ドクターあるあるの何かの隠語だ。
その病名は口にするのもはばかる、
やばい病気なのだ。
それがチョコレートなのだが
私はどんなにつらくとも、
受け入れなくてはいけないだろう。
私の主治医は、
私の心情を察して
あえて隠語で言ってくれたのだろう。

あーーーー、
何てことだ。
とうとう私はチョコレートに
かかってしまったのだ。
余命いくばくもないだろう。
唾を飲み込んで、
意を決してたずねた。
「それって本当なんですよね」
すると主治医は私を二度見してから、
「確かめてみますか?」
主治医のそのあまりにも素っ気ない答えに、
もう私はどこにも逃げはしないと肝が据わった。

そのあまりにも素気ない受答えの向こうに、
チョコレートにかかってしまった以上、
主治医も意を決して共に病と闘う覚悟をしてくれたことを私はしかと感じ取り、
こくりと頷いた。

すると、主治医は後ろに控えていた看護婦を呼び寄せ耳元で何かをささやくと、看護婦は奥に消えていった。

チョコレートとは
看護婦にも聞かれてはいけない病なのか。
看護婦でさえも死の宣告に居合わせるのも
憚る病なのだろう。
なんたって、
私はチョコレートに侵されてしまったのだ。
それにしてもいったいどれほどやばい病気になってしまったというのだ。
私は不安しか持ち合わせないまま、
無言の空気の中を漂っていた。
もうそこは診察室ではなかった。
教会の懺悔室のように、
ただただ神に赦しを乞うばかりで
チョコレートの前では私は無力なのだ。
今ここで私はチョコレートを全面に受け入れ、
神からのご加護を求めてやまなかった。

それから1分もしない間に、
看護婦がそそくさと戻ってくると、
私に手鏡を渡した。

主治医は、
「まぁ、ご自分で見てみてください」
というので、
私はおもむろに鏡を覗き込んでみた。
すると、
私の額には板チョコが張り付いていた。
「チョコレートでしょ?」
「これって、チョコレートですか?」
主治医の言葉に、私は聞き返した。
見た目はチョコレートでも、
何かの奇病で、
悪性の腫瘍だと思っての事だったが、
「どう見てもチョコレートです。
どうしたんですか?
そんなところにチョコレートなんてつけて」
その言葉に
私は額に手をやり、
そのチョコレートを取ってみれば、
ペロリと剝がれた。
そしてまさかとは思ったが、
一口かじってみた。

ほろ苦くとも甘いカカオの味が
口の中に広がった。

「こんなのって、こんなのって、こんなのって、
まったくの予想外だよ!」

私はそう雄たけびをあげて、
もう一口チョコレートを齧った。

ーーーおしまいーーー

小牧幸助さんの企画参加作品です。
お遊び企画とあったので、
かなり遊んでみたチョコレートです。
まったくの予想外だよ!