見出し画像

【小説】柳通りの麗子さん 本編3500文字


お題:【失恋】【墓地】
前置き:毎週ショートショートnoteに投稿するつもりで、かきはじめたのですが、ショートショート枠400文字程度では収まらずボツにしようと思いましたが、書いていてすらすらと楽しくて、企画枠とは別で投稿します。
良かったら、たらはかにさんの企画【毎週ショートショートnote】の方のプロローグも読んでください。

【本編】
その通りは以前花街のあった全長200メートル
程の小道で、今は柳通りと呼ばれていた。
名前の通り道沿いには柳が植えられ、喫茶店や居酒屋が点在していたが、裏寂しさを感じる通りだった。
今回はその柳通りでの調査依頼で、
僕が20日程柳通りに通った満月の夜、
一人の女性が柳の下からスーッと現れた、
スーッと。

2月の寒い時期だというのに、
彼女は白いワンピースに麦わら帽子で、
腕には赤い小さな藤製のポーチを持ち、
麦わら帽から垂れた長い髪が腰まである後ろ姿は
清楚で夏のバカンスでの素敵な女性を思わせた。

「こんばんは」
彼女を驚かせたくなく、
初めて目にする女性だというのに、
僕はあえて親しく自然に声をかけた。
彼女は振り返り、
「あなた、私の事見えるの?」
やはり彼女は驚いた様子で、
不思議そうに言った。
そして振り返った彼女の顔はとても美しく、
赤いリップの唇がポーチの赤とマッチしていた。
「はい見えますよ。素敵なワンピースですね」
「だって私は、、、」
「分かっています、幽霊ですよね。
僕見えちゃうんです」
「僕は 阿部 正人といいます」
「あ、あ、私は麗子、大岩 麗子といいます」
「びっくりさせてすみません。
僕の仕事は怪奇現象が起こる事の
調査を請け負っているんです。
この通りには冬だというのに夏のように暑くなる一画があるっていうんで、自治体の方で電気、ガスのインフラに地質も調べても分からずじまいで、僕に調査依頼が来たという事なんです」
「その暑さって、私のせいなのかしら?」
「たぶんそうだと思います。麗子さんの生前最後の記憶がこの場所に影響しているんだと思います。夏なら平気なんでしょうが、冬だと目立ちすぎる温度ですよね麗子さんのまわり」
「あなた色々知ってそうね、私たちの世界の事」
「生まれてこのかた、
ずーっと見えちゃってるんで」
「それって何かの才能なの?」
「先祖代々、時々出てくるようなんです」
「あっ、あなた阿部っていうのよね、
まさかあれ、陰陽師の阿部 晴明の、、、」
「そうなんです。晴明さんは僕の祖先さんです」
「うわっ、歴史的な有名人の末裔じゃないの。
つまり、あなたは今風に言えば
ゴーストバスターズみたいな仕事なのね」
彼女は少し腰を引いて言った。
「麗子さん、ゴーストバスターズ
知ってるんですね!ゴーストバスターズって
こちらでは既に30年以上前の映画で、
今風かどうか分かりませんが、
はい、そういう感じです。」
「それじゃ、
私はあなたにとっちめられちゃうの?」
彼女はさらに逃げ腰でそう言った。
「僕は特にバスターはしません。
ただ麗子さんのお話を聞くんです。
麗子さんの悩みを聞きながら、
麗子さんが向こうの世界で幸せになれる
ような提案を考えます」
「それじゃぁ、
ゴーストカウンセラーってとこね」
麗子さんは安心した様子でそう言った。
「いいですね、それ頂きます!。
陰陽師さんってよく言われるんですけど、
僕のスタイル晴明爺とは違うんですよね。
全然呪文とか唱えないし、
何かしっくりこなくて、、、
良い言い方ないかなってずっと
思っていたんです。
ゴーストカウンセラー良いですね」
「こんな私たちみたいな存在にも
カウンセラーがいるなんて、
あの世もまんざらじゃないわね」
「でっ、どうしました麗子さん」
僕がそう訊くと、
彼女は昔を懐かしむように遠くを見つめる目で、
口元に笑みを浮かべながら話し始めた。

25年前の夏、麗子さんは海難事故でこの世を去らなければならなかった。
生前付き合っていた男性は毎年お墓に来てくれて
いたのに、15年前に墓参りに来た時、その時一緒に来ていた女性と結婚するって報告して以来、
お墓に来なくなってしまったそうだ。
寂しさのあまり、ここ何年かは彼とよく通った
この柳通りにある喫茶店に来てしまうとの
事だった。

「麗子さん、失恋ですね」
「おばけも失恋するものなのよ」
「けっこうヘヴィに引きづっている失恋ですね」
「おばけのくせして、魂ぬかれた気分よ」
「でもその男性とても偉いですよね。
麗子さんがいなくなってから10年間毎年
お墓参りに来ていたんですか」
「そうよ。毎年白いユリの花を持ってね。
あの世にいてもあの人が心の支えだったわ。
私も彼にまったく恨みなんてないのよ。
彼の近くで現われるのは心苦しいからね、
せめて思い出の場所でメランコリーな気分に
浸っていたいだけなの」
「それがこの柳通りの喫茶店なのですね」
「あの喫茶店で一緒に見た映画のおしゃべりや
他愛もない話を何時間もしていたわ。
彼、すっごく話すのが上手でね、
情熱的なとこもあって、引き込まれちゃうの。
とても楽しかった。
あの人だけが私の瞳の中にいて、
私だけを見つめてくれてたわ」
「分かります。でも麗子さん、そんな素敵な
男性なんですから、麗子さんがいなくなっても、
新しい女性とこの世の人生歩めて良かった
じゃないですか。その女性を麗子さんにも紹介す
るなんて本当に立派な男性です」
「分かっているわ。今の私はあの世なんだから、あっちでしっかりやらなくちゃね」
麗子さんは長い髪を指先でクルクルと
もてあそんでいた。
「そういえば、ゴーストバスターズも
彼と観たんだわ。思い出すわあの歌、
レイ パーカー Jr。映画はやっぱり
80年代が良かったわ」
彼女は何度もため息をつきながら言った。
僕は何か良いきっかけがないものかと
思案していた時、
「あっ、そうだ。そういえばこないだハリウッド
で請負った依頼なんですけど、彼は元俳優さんだ
った。80年代の映画によく出てたって」
僕は思わず口に出した。
「なに?、あなたアメリカでも仕事請負うの」

「こういう仕事って国境に関係なくて、、、。
お互いの言葉も関係なく、意思で会話できるんで
すよ。彼ね、とっても映画好きだったのに、
ドラッグに溺れちゃって、亡くなってから
しっかり更生して、生前のバカを悔やんでも
悔やみきれなくてね。
ある映画館の決まった椅子が気が付くと
濡れているんですけど、洗って乾かしても、
交換しても、また濡れてしまって原因が
分からなくて、僕への依頼になったんです。
彼はその映画館にやってきては、
その椅子で度々泣き崩れていたんですね」
僕はそう話しながら、
その俳優の名前を思い出していた。
「名前はたしか、、、、
リ、リ、リ、、、
リバー、、、、、、
リバーフェニックス!」

「ちょちょちょっ、ちょっと待ってよ、リバーフェニックスって
いきなり何言うのよ?心臓に悪いじゃないのって、、、
私もう心臓無かったわね、、、、。
そんな事よりも、
あなたリバーフェニックスも
クライアントだったの?」
麗子さんは凄い驚きようだった。
「リバーフェニックスって、
ジェームスディーンの再来って言われたほどの
甘いマスクで世界中の女性の憧れの的だったのよ」
彼女は興奮しながら話した。
「そのジェームス ディーンはよく分からない
ですが、確かにすごくカッコよかったです」
「それで、リバーフェニックスはどうなったの?」
「あの世にはたくさんの銀幕のスターも
いるんですけど、さすがに機材が無いので
映画は撮れませんが、お芝居を打つことを
計画したらしいです。つまり今はあの世の
舞台俳優ってところですかね」
「あの世でリバーフェニックスが舞台ですって!」
麗子さんは悲鳴に近い高いトーンでそう言った。
目の力が少し前とはずいぶんと変わり、
キラキラしていた。

「ちょうどこないだ連絡があって
初舞台が決まったそうですよ」
「監督/脚本はヒッチコックで、音楽はジョン ウィリアムズ。
そのジェームス ディーンとはダブル主演ですって」
「なにそれーーーーーーーー!」
麗子さんの声が、
電波障害を起こすほどの高音で轟いた。
「この世では絶対にありえない組み合わせじゃないの!、
間違いなく人類史上で叶わない5次元レベルのプレミアムミラクルのあの世舞台ね、
チケット絶対買うわ」
「あの世ってお金ないですよ。
場所代もかからないし、
みんなのギャラもいらないし。
リバーに言っておくので
招待状送ってもらいます」
「あなたリバーって、、、、その呼び方、、、。
それにしてもあの世って、言われてみればそういう所よね」

「そうですよ、みなさんの悩みはこの世にこだわりすぎですよ
今いる場所をもっと謳歌すべきですよ」
僕がそう言うと麗子さんは頷いていた。
何か分かってくれたようだ。

「晴明爺に言って、招待状渡しておきますので、
そちらで受け取ってください」
「分かったわ、分かったけど阿部 晴明からリバーフェニックスの舞台チケットが届くって凄すぎるわね、あの世って」

その時になって、
僕はもうこれで大丈夫だと思った。
「さて麗子さん、ぼちぼち行きましょうか?」

「あなた面白い事言うわね」
麗子さんがクククと可愛いらしく笑った。

「はい、これ僕の決めセリフなんです」
「そうね、ぼちぼち墓地に帰りましょうかね。
あなたと話せて、気持ちがスッキリしたわ。
さすが血筋の良いゴーストカウンセラーね」
その日を境に柳通りにある喫茶店付近の
妙に暑い一画は無くなった。
麗子さんは墓地を通ってあの世に戻ったのだ。

最後にみなさんに言っておきたい
ことがあります。

人は皆寂しさを抱えています。
それはこの世もあの世も変わりません。
その寂しさがあの世から墓地を通ってやっ
てきては、この世で迷子になってしまいます。
それがお化けやら怪奇現象なんです。
でもお化けとか幽霊って、
その多くはごく一般のあの世の人達で、
見た目もこの世の人達と同じです。
どうか怖らずに優しく話してみてください。

それと、たまにはお墓参りに行きましょう。
あの世のあの人に話しかける事で、
あの世のあの人ばかりでなく、
この世のあなたにも心の平安が訪れます。

信じるか信じないかはあなた次第!
(ん、どこかで聞いたフレーズだな?!)

今日のところはこれくらい。
さて、ぼちぼち行きましょうか。

(おしまい)