明日はどっちだ【毎週ショートショートnote】900文字
課題:【かませ犬】【ごはん】
工藤 晃は明日の撮影を前に、
佐伯 雄三が泊まっているホテルの
スウィートルームに伺った。
日が傾き始めた頃合いだったが、
ドアを開いた時の佐伯は
良い具合に酔っているようだった。
工藤が部屋に入ると、
佐伯はロックグラスにブランディを注ぎながら、
工藤にソファに座るように促した。
「明日は立ち回りのシーンの撮影となりますが、
どうぞよろしくお願いします」
工藤はそう言ってソファに座った。
佐伯はブランディを一口つけてから、
ソファに深くもたれると話し始めた。
「工藤君、君はもともと歌い手さんだってね」
「はい、今回初めて映画の世界も
挑戦させてもらっています」
「映画の世界もね」
佐伯は妙に“も”を強調してそう言った。
「俺はね、役者一筋30年の役者馬鹿。
演技っていうのはね、台本通りに動けば良いってもんじゃないんだよ」
佐伯は煙草に火を付けながら続けた。
「明日は最後の果し合いのシーンだよな。
台本どおりだと、君の太刀が僕に入って、
僕が君に覆いかぶさるように崩れる事になっているが、このシーンで肝心なのは、
本気で君が俺を切りにくるかっていう一点のみだ。その太刀筋が見えなければ、俺は台本通りに動かない」
佐伯はそれまでの泳いだ目を鋭く光らせ、
工藤を睨み返すようにそう言った。
「君の本気の度合いを見たいんだよ。
本気であれば、
喜んで君のかませ犬役をやらしてもらうさ。
明日はこの世界で30年飯を食ってきた
俺の立ち回りでやらしてもらう」
佐伯は不適に笑うと身を乗り出して続けた。
「もし君の一太刀に少しでも曇りがあった時は、」
「あった時は、、、」
工藤は思わず声が出てしまった。
「容赦なく俺は君に切り返す。
その時は遠慮なく咬ませてもらうさ。
二度撮りはしないよ。一回撮りのそれまでだ。
それが俺の監督さんへの出演条件だからね」
「そ…そそそんな事、聞いて、、、、」
工藤はそう言いかけてから、
思わず目の前のグラスを口にしたものの、
渇ききった口の中でブランディが焼けるように
熱く胸に落ちるだけだった。
「さぁてと、明日はどちらが咬ませ犬になるか、とくと楽しみだな」
佐伯はそう言ってから豪快に笑うと、
工藤の肩をたたいた。
明日はどっちだ。
(おしまい)
*たらはかにさんの企画
毎週ショートショートnote
投稿作品です。
規定の目安字数より多くて、
課題の”ごはん“も”飯“となっていますが、
大目に見てくださいまし。