小・中学校時代の数少ない良い思い出
ちょっと思い出したので書いてみた。
小学校の低学年だったと思う。経緯は覚えてないが、市の写生大会に出ることになった。絵の才能ゼロの私はそれが嫌で嫌で、泣きながら参加した。
なんとか絵を書き上げて提出したが、後日、その絵が入賞してしまった。盾をもらって、新聞にも名前が載った。それに気を良くして、翌年は積極的に参加したが、二匹目のドジョウはいなかった。
中学一年生の時、体育祭の長距離走に参加した。完全に自由参加だった。運動神経ゼロで、体育の評価は、5段階中いつも3。皆勤賞ということかな。その私がなぜ参加したんだろう?これも経緯は不明だが、とにかく参加して、完走はできた。ものすごく褒められた。もちろん、結果はダントツのビリ。私を除けば、参加したのは長距離が得意な連中ばかりだ。
ところが、その後の通知表を見て、びっくり。体育の評価が5になっている!他に思い当たらないので、あの長距離走の完走が評価されたんだろう。
中学何年か忘れたが、美術の宿題が出た。くどいようだが、美術の才能はゼロ。どう言うテーマだったか忘れたが、描こうと思ったのは、部屋(多分、姉と共用の部屋)。きっと、色々考えたのだろう。写実的な絵はとても無理だ。なら、形を単純化しよう、色も光線の影響とか無視して、べったりと塗ってしまおう、と考えたのだと思う。その上で、上から眺めて1点透視図法で書いた。なんか、積み木を積み重ねたような機械的な絵が出来上がったはずだ。取り敢えずこれで提出はできる、と適当に書いた絵を提出した。ところが、先生は何を思ったか、優秀な絵として廊下に掲示されてしまったのである。ちなみに、先程の体育と同じ先生である。なお、その時の美術の評価がどうだったかは覚えていない。
これも二匹目のドジョウはいなかった。
良い思い出のない小中学校時代だったけど、この3つが、良い思い出かな。
でも、こう言うことを突然思い出すのはなんでだろう?それとも、突然と言ったけど、実際はその前の誰かの言ったこと、とかそんなのが引き金になっているのかな、自分ではわからないけど。そうだね、そう言うことにしておこう。
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