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東北震災からの女川町復興に学ぶ組織開発


先日、東北震災の復興ツアーで宮城県女川町に行ってきました。

同町は、あの津波により、建物の約8割が壊滅し、町民の1割強が犠牲となりました。

そんな、まさしくゼロからの町づくりでしたが、今では交流人口が大幅に増えて見事な復興を遂げていました。

その復興の中心人物の1人である青山貴博さんのお話を聞き、素晴らしい組織開発をしていたことがわかりました。

女川町の復興は、行政と民間がガッツリとタッグを組んでまさしくワンチームとなれたことが大きな成功要因になったと思います。

行った取り組みの代表的なものをまとめると、下記のようになります。


①女川復興連絡協議会を設立し行政・民間企業・ハブとなる商工会メンバーで結成した。メンバーは町の各有力団体から選出された。

②女川復興連絡協議会の中心を30〜40代メンバーとして、60代以上は後方支援はするが決定事項には口を出さないと取り決めた。

③情報収集や議論は、行政主体ではなく連絡協議会主体で進め、公と民が同じ情報に触れ同じ場で話し合いをして進めた。

④話し合いには、広く人を集めて行い、その場の責任者は町長が担った。

⑤トップダウン型ではなく、ボトムアップ型で理想像と町づくり構想を決めていった。

⑥協議会メンバーは、各種団体の利益ではなく町全体の利益を第一に考えて議論してきた。

⑦寝食を共にして、喜怒哀楽も出し合いながら本音本気で議論してきた。


統合型組織開発でいうところの、
組織デザイン、チームビルディング、グランドルール、コンフローテーション・ミーティング、ホールシステムアプローチ、フューチャーサーチの要素が詰まっているのです。

青山さんがハブとなり、ファシリテーターの役割を担いながら進めていったことが成功要因として大きいと考えています。

一方で、私が見てきた行政の動きやまちづくりでの典型的な失敗例は、行政が地域外のコンサルタントに丸投げをするパターンです。

それと同様に、うまくかない組織は大体下記のようなことをします。
女川町の取り組みとは真逆の方法だと言えます。


・偏ったメンバーで組織構成されるためステークホルダーを巻き込みずらい。

・PDCAのPlanする者とDoする者が別であり、Checkは管理や報告がメインとなるため、本質的なActionが起きない。

・個々人が正式会議前に根回しや個別事前協議をして進めるため、認識や足並みにズレが生じる。

・トップリーダーがいないところでの決定事項を決めても後日鶴の一声で変更になる。

・求心力のないリーダーがトップダウンで決定するが、メンバーがコミットしない。

・会議メンバーは自分の立場上の利益を優先するため、全体利益のための最適アイデアが創造されない。

・メンバー同士で距離感があり表面上の議論しかなされない。



いかがでしょうか?

上記を読んでドキッとした方は、チームや組織のあり方についてぜひ考え直してみてください。

組織づくりのヒントは、色々なところにあふれていますし、大きなプロジェクト成功の裏には必ず組織づくりの成功があります。

今後とも成功事例から読み解く組織づくりについてお伝えしていきますので、楽しみにしておいてください。


【参照】

女川町について

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震災津波直後の女川町
復興を遂げた女川町


※女川町の情報

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