4 お田鶴さまとの出会い

1853年(嘉永6年)春、剣術修行の旅に出た竜馬は阿波(徳島県)の岡崎ノ浦に投宿、阿波女に足を丁寧に洗ってもらった後、ある部屋に入り込み、先約部屋なのに
「わしは、海と船が見える部屋がええがじゃ」と、その部屋に決めてしまう。
しかし、予約者が土佐藩家老福岡宮内の妹、お田鶴さま一行とわかると
「相手が悪い、おれは今夜、浜辺で寝る」と言い出す。

お田鶴さまというのは、福岡宮内の妹君だが、竜馬の坂本家(才谷屋)はその福岡宮内のお預り郷士である。
だから、竜馬は「姫御前(ひめごぜ)などと一ッ屋根でとまるのは息がつまる」と言った。
ただし、福岡家は土佐藩首脳部の立場ながら、坂本家に折々に挨拶に来たり、金を借りにきたり、往来は頻繁であった。

また、お田鶴さまは美人だと言われる。「家中きっての容色」で、「土佐藩二十四万石の国色」とはやす者もいる。しかし、老女相手にひそかに暮らし、蒲柳の質でめったに外出せず、婚期もそのため遅れているという、何とも儚そうな存在である。
そんな彼女が、この度、上方見物や有馬湯治に行くと竜馬は宿の者に聞き、非常に驚く。

その、身分が高いお嬢さまのお田鶴さまと供の老女はつが、なぜか、郷士竜馬の寝ている宿の裏の浜辺まで歩いてきた。
「お酒を飲んでいるようでございます。いやなにおいがいたします」と、はつ。
「左様なことを言うものではありませぬ、磯のにおいではありませぬか」
「いいえ、坂本のせがれのにおいでございます」、とはつが言うと、竜馬が起きる。
「おたずねの通り、ここに寝ているのは、坂本のせがれだ」
「まあ、やっぱり」
お田鶴さまは、意外にはずんだ声で、いった。

学問の好きなお田鶴さまは、竜馬が韓非子を三日間にらんで、その独特の解釈で先生を震えあがらせたこと、そういう型の人は天稟(てんぴん)があり、「乱世の英雄」に多い型であると兄に聞かされていた。
だから、長年、まだ見ぬ奇妙な郷士に「憧れ」に似たものを持っていたかもしれない。そういったものが、清楚なお田鶴に行動力を持たせたと思う。

「私どもが追い出したようで、気詰まりでなりませぬ」
「いや、わしは天地の間にねているのがいちばんいい」などと、お田鶴さまと竜馬のひとしきりのやり取りの後、お田鶴さまの感想は、

「田鶴は乱世の英雄に会ってみたいと思っておりました、ところがいざ、お会いしてみると…」
「どうでございましたか」

「魅きいられるような所のお人ですね」

「それは、お嬢さま…」
はつは、こわい顔をしてみせた。

「お田鶴さま」は司馬さんの創作人物ではありますが、身体が弱くも聡明で、竜馬の倒幕活動を陰で応援し、危険になった京で男装してまで竜馬に会うなど、「成らぬ恋」を想いつづける様は、人の心を打ちます。

つづく

                 参考「竜馬がゆく(一)」p34〜p45



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