現職教員で大学院に派遣されている立場で、解像度の解像度を上げてみた




1.このエントリーの趣旨


突然ですが、「解像度を上げる」という本を御存知でしょうか。

今年(2023年)初めに書店で見かけ、数ページ立ち読みして「これはすごい本だぞ…!」と衝撃を受け、値段も見ずにレジへ直行。個人的には、この手の本では「イシューからはじめよ」以来のインパクトです。

このエントリーの前に、未読の方は是非こちらのスライド(本の著者馬田さん作成。そもそもこのスライドが基になって本を執筆されています)を読んでみてください。

このスライドを用いた著者御本人の解説サラタメさんなど多くの解説動画があるので、そちらをご覧になってもよいかもしれません。

このエントリーは題名にもあるとおり、私の今の立場で「解像度を上げる」とはどういうことなのか?と考えた内容をまとめたものになります。私は公立学校の教職員なのですが、今年(2023年度)、研修で大学院に派遣されています。専攻は数学教育で、今年度と来年度で修士論文を書きます。ですので、「教育学で修士論文を書くための解像度」が必要な方(なんてニッチなニーズなんだ笑)にとっては、ヒントになる内容があるかもしれません。また、教職員の方で教育実践論文を執筆する方にとっても何か参考になれば、とも考えています。

それこそ、この本における「外化」(p.103:書く・話す・発表するなどの活動を通して、知識の理解や頭の中で思考したことなど(認知プロセス)を表現すること)を意識して書いています^^;

2.解像度を上げる4つの視点

著者の馬田さんは、解像度を上げる4つの視点として「深さ」「広さ」「構造」「時間」の4点をあげています。

スライドp.14より

ここからは、この4つの視点の順に私の考えをまとめていきます(引用元の「スライド」とは、上記のこちらのスライドを指しています)。

2.1 深さ

圧倒的に一番大事

同著の中で圧倒的にページが割かれているのが、この「深さ」についての章です。「基本的には『深さ』が足りない」という項があるぐらい(同著p.32)ですし、そもそも他の3つの視点はまとめて1つの章(p.179~p.250:72ページ)なのに、「深さ」はこれだけで1つの章が割かれています(p.85~173:89ページ)。で、私の今の立場にとって「深さ」とは、リサーチ・クエスチョン(RQ)を掘り下げていくという作業だと考えています。RQの説明はここでは省略しますが(たとえばこのページに解説有)、要は研究(論文)を作成する上での「問い」、本書の言葉だと「課題」(p.74)に該当します。自分の研究で、何を明らかにしたいのか。どんな問いに対する答えを出したいのか。研究の方向性を決める、とても大切なプロセスです。

スライドp.9に加筆(吹き出しのみ)


深さの視点で解像度を上げるために、内化と外化という言葉が出てきます。

同著p.105

内化とは「読む・聞くなどを通して知識を習得したり、活動(外化)後のふり返りやまとめを通して気づきや理解を得たりすること」(p.103)、具体的には論文や本を読む・動画を見る・学会の発表を聞く・ゼミ後のふり返りなどの活動が該当します。また、同著で「サーベイ」という言葉が使われていますが、全体像を把握する為の広い範囲の調査、私の場合数学教育学の全体像を把握する必要があると感じています。私はこれまで数学教育を専攻しておらず、夜間大学で単位を埋めて教員免許を取ったクチなので、ここが圧倒的に弱い。4月から半年間、ここに注力してきましたが、学べば学ぶ程にサーベイ不足を感じています。戦略的なサーベイが必要です(詳しくは「広さ」の項で)。

外化とは「書く・話す・発表するなどの活動を通して、知識の理解や頭の中で思考したことなど(認知プロセス)を表現すること」(p.103、再掲)、具体的にはゼミにおける資料作成や発表、研究日誌の記録、論文の執筆、学会での発表、といったところでしょうか。今回このブログを書くにあたり、自分はこの外化が足りていないなぁと痛感しました。考えたことをしっかり言語化する習慣を、もっとつけないといけません。また、個人的にとても楽しみにしているのが、来月から始まる「自主ゼミ」。同じ専攻の大学院生同士で自主的に開くゼミ(≒会議)のことです。いろいろと手探りになるかとは思いますが、とにもかくにもストレートマスター(大学からそのまま大学院に来た若い学生)の人達と語らえる場ができるのはとても楽しみです。これも外化の場にできるといいなぁ、と。そう言えば、「コミュニティで深堀りを加速する」(p.166)なんて項もありました。

現職教員としては、これまで自主的な勉強会やEDUBASEのようなコミュニティに積極的に参加してきた経験が、自分の外化を助けてきたなぁ、とふり返ってみて感じています。拙くても解像度が粗くても、自分の内面にあるものを言語化するプロセスってやっぱり大事ですよね。

あと、この「深さ」の章で私が一番腹オチしたのが、「内化と外化の精度を上げるために、言葉や概念、知識を増やす」という項(p.162)。

スライドp.71より

同著ではセメントとコンクリートの違い(p.163)を例に出して説明していますが、現職教員としてはこの「現実を的確に切り取れる」という言葉に首がもげるほど頷きました。教育現場って、1つとして同じ状況が無いじゃないですか。子どもの実態、地域、担任の学級経営…要素を挙げればキリがありません。それこそ、同じ学級でも1時間目と6時間目で全然違いますし、天気でも変わりますよね、現場って。だからこそ、言葉や語彙を増やす必要があるんだな、と大学院に来て痛感しました。春学期に受講した教育心理学や学校経営学の授業では、教育現場の現実を鮮やかに切り取れる言葉や理論モデルをたくさん学ぶことができました。「文科省や大学教授は何も現場のことをわかっていない(※)」と腐す教員が世の中には残念ながら一定数存在しますが、大間違いです。教育学の知見を舐めてはいけません。現場にいる我々教師こそ、先人達が築いてきた学問から大いに学ぶべきだと強く感じます。

別に論文を書かなくとも、言葉や語彙を増やすことは上記の通り現実を的確に切り取る上で大いに役立ちます。たとえば、生徒指導案件。何も知らないよりは、発達心理学の知識や生徒指導提要の内容、(自分が経験した以外の)似たような事例の詳細などを知っていた方が、問題の解決や関係者間の協力を進める上で有益になるのではないでしょうか。

(※私も文科省や大学教授の言うことが全て正しいとは思ってはいませんし、政策に憤慨することも正直あります。でも、彼ら/彼女らを全てを否定するような、現場が全てだ!みたいな風潮には強く違和感を感じます)

繰り返しになりますが、私が今一番解像度を上げたいのはRQの解像度です。まだうすらぼんやりしている問いを、聞いた人全員が「ああそうか、なるほどね!」と思えるような問いにブラッシュアップしていく必要があります。でも、数学教育学の領域だけを対象にサーベイして深掘りするのでは、やはり広さが足りないとも感じています。なぜなら、「自律的な学習者を育てる」「目的の為にICTを活用する」といった私の関心事が含まれるのは、数学教育学に限らないからです。と言うことで(?)、次は「広さ」について。

2.2 広さ

どこまで広げるか?

先の項に「戦略的なサーベイ」と書きました。あれもこれも、と広げてばかりいても正直キリが無いな、と。正直、学問の海に飛び込んだ今年4月5月あたりはそのあまりの広さに絶望していました。勿論、今でも広さを全て把握したとは到底思っていません。なので、戦略的に広げていくことが必要なのではないか、と。

同著の「広さ」の節に「レンズを使い分ける」という項に、「多くのレンズを持っていれば、状況に応じてレンズを入れ替え、視野に映る光景を変えていくことができる」とあります(p.189)。私はこの「多くのレンズ」を「学問領域毎のレンズ」と捉えています。つまり、数学教育学だけでなく、他の学会の論文もどんどん読んでいこう、という戦術になります。

先に述べたように、私は現時点で「自律的な学習者を育てる」「目的の為にICTを活用する」といったことに関心があります。こういった関心事を、算数・数学教育の文脈でどう語り、どう具現化していくのかがRQに繋がっていくと考えています。これらのトピックは、算数・数学以外の教科教育学、教育心理学、教育方法学、教育工学などの領域でも当然扱われています。なので、検索で引っかかった論文はとりあえずアブスト(要約)だけでもざっと読んでいます。

で、この「広げる」という視点において使えるのがAIツールです。Elicitは質問を投げたら関連する論文やその要約を一覧で出してくれますし、Reserch Rabbitを使えば関連する論文の関連を図示してくれます。

Reserch Rabbitの出力例

まだまだ試行段階ですが、これらのAIツールは使いこなせば相当武器になると考えています。その際、キモになってくると私が考えているのが学習データ、具体的にはAIに学習させる論文のリストです。現時点で私は、AIのアウトプットの質はインプットで決まると感じています。AI界隈でよく言われる、プロンプトが大事だ的な話と同じです。ゴミデータを入れても、ゴミしか出てこないんですよ(苦笑)。

自分の研究の為に必要な先行研究はどれなのか。昔のように全てを精読しなくても、リスト化(bibファイル化)さえすればあとはAIが学習してくれます。ただ、リスト化はそのプロセスをブラックボックス化せず(=AIに任せず)、自分でやった方がいいんじゃないかな、と現時点では考えています。

本当にきちんと精読する論文の精査は、それこそ「深さ」の解像度がもっと上がってから、RQを絞り込めてからでよいと考えています。だって手あたり次第精読していたら大変じゃないですか…(言い訳)

また、同著には「視座を激しく行き来する」(p.191)という項があります。マクロとミクロを行き来(同)、とも表現されています。私は、これが現職教員にとって最も力を発揮できるポイントだと考えています。つまり、日々の教育現場でのミクロな視座と、教育書や教育政策の内容といったマクロな視座を往還できる立場であるということです。目の前の子どもたちが大切なのは勿論ですが、全てではありません。広さの視点で自分の解像度を上げるために、ときには意識してマクロな視座に立ってみる。超具体的に言うと、私は時々誰もいない早朝にこっそり校長先生の椅子に座って職員室を眺めています。だいたい、全体を見渡せる場所にあるじゃないですか、校長の机って。そうすると、俯瞰で考えられるんですよね。「あ、自分の学年のあの件、他の学年とも関わるから調整が必要だわ」みたいな。簡単にできるので、オススメですよ^^

2.3 構造

ここが個人的に最難関

次は「構造」。個人的にはここが最難関であり、もっとも頭を使うべき箇所であると考えています。軸さえ決めれば、前項の「広さ」は担保できるんですよ。Google ScholarCiniiで論文を検索したり、図書館で調べたりすれば。でも、構造化はそうはいかない。自分の解像度を上げるために、自力でやらないと(汗をかかないと)ここは血肉にならない、と感じています。

本では「分ける」「比べる」「関係づける」「省く」という4つのステップが、構造化の思考プロセスとして紹介されています(p.205-206)。イチから自分で取り組んでもよいのですが、私のおすすめはまずメタ分析の論文を探すことです。メタ分析とはメタアナリシスとも呼ばれ、簡単に言うと複数の研究を統合して俯瞰する分析のことです。自分の興味関心に近いテーマのメタ分析が見つかれば、しめたものです。なぜなら、その人が数多の論文をまとめて、構造化してくれているからです。

私のキーワードの1つ「自己調整学習」だと、たとえば岡田(2022)があげられます。論文のタイトルも「日本における自己調整学習とその関連領域における研究の動向と展望-学校教育に関する研究を中心に-」と、直球です。海外はたくさんあってまだ精査しきれていませんが、たとえばPanadero(2017)は6つの自己調整学習モデルを比較・検討しています。数学教育学なら、日本数学教育学会が出した「数学教育学研究ハンドブック」という本があり「数学的活動」「文字式」「情意」といったキーワードごとにメタ分析がされています。このような「ハンドブック」と名前がつく本に、私は大変お世話になっています笑

こういったメタ分析の論文を読んでから、自分なりの構造化を進めるのが効率的なのではないかと考えています。ま、自分も全然進んでないんですけどね(汗)

また、「広さ」の項でいろんな学問領域の論文を読むという話をしましたが、こんな図があります。

教育学の分類

引用元:田中智志「教育学がわかる事典」2003年、日本実業出版社

とてもわかりやすい、シンプルで良い図だなと思ったので紹介しました。で、この図は「マクロ⇔ミクロ」「学問志向⇔教職志向」という軸で構造化されていますが、これって軸が変われば当然図も変わりますよね。つまり、自分で軸を考えれば違う構造化ができるんじゃないかな、と。この「軸を考える」というプロセス、自分のニーズに合わせて切り口を考えるプロセスが自分はまだまだまだ暗中模索です。解像度が上がれば、きっと見えてくるんでしょね(期待)。

引用論文(DOIはリンク参照)
岡田 涼 (2022).日本における自己調整学習とその関連領域における研究の動向と展望.教育心理学年報,61 (0),151-171
E.Panadero (2017).A review of self-regulated learning: Six models and four directions for research.Frontiers in psychology,8422

2.4 時間

2つの視点で捉えます

時間的な変化について、自分の研究では主に2つの時間の流れを抑えておく必要があると私は考えています。

1つ目はシンプルに、子どもの変化です。社会の変化に伴って、子どもは変わっていきます。私が教員になった頃は、スマホがまだ普及していませんでした。今の子どもと、同じなわけないですよね。コロナ前後でも変化があったでしょう。私の場合、自分の研究は一義的には子ども達を対象にしているので、ここはきちんと考えておきたい。本書の言葉で言うところの「ムービングターゲット」(p.250)ですね。

2つ目は「教育のトレンド」です。学習指導要領の変遷や中教審からの答申以外にも、社会的な関心事という点もあるでしょう。たとえば「分数ができない大学生」(2000年頃)・PISAショック(2006年頃)といった学力に関する話題や、アクティブ・ラーニング(2015年「論点整理」)、「学び合い」などの方法論。最近だと、やはりインパクトが大きいのは「令和の日本型学校教育」の答申です。過去の論文を読む際には、こういったトレンドをある程度はその時代の背景として知っておく必要があると考えています。

教育のトレンドという点で忘れてはならないのが、OECDの動き。DeSeCoからOECD2030への流れが現行の学習指導要領に与えた影響は、少なくありません。そして、いずれOECDから「ティーチング・コンパス」(ラーニング・コンパスの教師版)が発表されるはずです(こちらの答申のp.23に「策定中」書いてありますし、2023年8月にオンラインセミナーでOECDの方が「制作中」って言ってました)。この「ティーチング・コンパス」は、次の指導要領改訂に向けた大きな軸になってくると私は考えています。内容も気になりますが、リリース時期も気になります笑←「令和型」答申(2021年1月)のときから「策定中」のまま

3.まとめ

長くなってしまい、申し訳ありません…。このエントリーで書いてきたことをまとめると、以下のようになるかと思います。

<深さ>
・自分にとっての深さ=RQ(課題)の掘り下げ
・積極的に外化しよう
・現実を的確に言語化する為に学ぼう

<広さ>
・レンズを切り替えられるように、いろんな学会の論文を読もう
・AIツールが活用できそう

<構造>
・他人のメタ分析をヒントにしよう
・自分のニーズに合わせて構造化の切り口を考えよう

<時間>
2つの流れを意識しよう
・子どもの変化
・教育のトレンド


なんだかんだと書いてきましたが、一番大切なのは自分のアクション(論文を読む、ゼミ資料を作る、chatGPTと壁打ちする、など)が4つのうちのどれに該当しているのかを自覚することなんじゃないかな、と考えています。「あ、これは新たな視点だな~(広さ)」「これとこれってこういう点で関連するんじゃん?(構造)」みたいな。自覚化したアクションの繰り返しが、解像度のアップに繋がるんじゃないでしょうか。

基本的には自分の思考の整理の為に書いたエントリーですが、少しでも読んでくださった方のお役に立てれば幸いです。長文お読みいただき、ありがとうございました。感謝!


<どうでもいい追伸>
このエントリーは、一週間の北海道鉄道一人旅の間に考えたことをまとめています。そして今、帰りの飛行機を待つ新千歳空港のラウンジです笑
北海道、楽しかったなぁ…

快適な空港ラウンジ








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