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エッセンシャル・ワークの逆説、もしくは逆襲

はじめに

 前回の記事(「家事の内部化」)を書いていて、エッセンシャル・ワークについてもう少し掘り下げてみたいと思っていたところに、タイミング良くザイマックス総研から「ノンデスクワーカーの実態と課題」というレポートが出てきたのでさっそく拝読。以下にザイマックス総研のレポートと、その一部のソース元であるリクルートワークス研のレポートをベースに、ノンデスクワーク(≒エッセンシャルワーク)について概観を整理してみた。

ノンデスクワーカーの特性

 ノンデスクワーカーとは一言で言えば、オフィスなどでのデスクワークではなく原則として様々な「現場」で働くことが求められる職業で働くワーカーのことで、レポートではその特徴を以下のように整理している。

  1. その数は総就業者の半数を超える
    総就業者数5,767万人のうち、デスクワーカーの1,614万人(28%)に対して、ノンデスクワーカーは3,013万人(52%)と過半を占めている。

  2. 高齢就業者の割合が高い
    年齢階層別の就業者の割合をみると、60歳以上の階層でノンデスクワーカーの割合が高くなっている。デスクワーカーは定年制が多く高齢層の新規募集がされにくいこと、ノンデスクワーカーは年齢制限が緩く高齢になっても仕事を続けやすいことが背景にある。つまりノンデスクワークは高齢者就労の主たる受け皿となっているということだ。

  3. 非正規雇用者(派遣社員/パート・アルバイト)の割合が高い
    雇用形態別の就業者の割合をみると、ノンデスクワーカーの非正規雇用者(派遣社員/パート・アルバイト)の割合は45%で、デスクワーカーの19%よりも多い。一定以上の専門性・技術が求められない職業が多いこと、勤務時間の融通がききやすく、学生・子育て世代・高齢者など多くの人々が職業として選択しやすいことによると考えられる。

  4. 相対的に賃金が低い
    年齢別の賃金の年間総支給額を見ると、ほぼ全ての年代でノンデスクワーカーの賃金水準が全体平均を下回っている。

  5. 賃金カーブがフラット
    ノンデスクワーカーの賃金カーブはフラットに近い。そのため特に中高年層の賃金水準が相対的に低くなる傾向が強い。

  6. 働き手を集めにくい(人手不足)
    職業別の有効求人倍率を見るとノンデスクワークの有効求人倍率はほとんどの職種で全体平均を上回っている。特に「保安」「建設・採掘」「サービス職」「包装(3.01倍/2.47倍)」といった職種の有効求人倍率全体の2倍以上となっている。理由としては、上記4・5の低賃金の問題に加え、労働環境(長時間労働、安全性、安定性など)や社会的イメージ(いわゆる3K的な)も働き手の集めにくさにつながっていると考えられる。

「エッセンシャル・ワークの逆説」について

 さて、少し前に話題になったデヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ』(2020)という書籍がある。「ブルシット・ジョブ」とは、同書の定義によれば「被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でさえある有償の雇用の形態である。とはいえ、その雇用条件の一環として、被雇用者は、そうではないととりつくろわねばならないと感じている。」とある。まあ一言で言えば副題のとおり「クソどうでもいい仕事」である。

 で、この「クソどうでもいい仕事」の対極にあるのが「エッセンシャル・ワーク」、つまり社会にとって必要不可欠な仕事、ということなのだが、グレーバーはエッセンシャル・ワークについて興味深い指摘をしている。

その労働が他者の助けとなり他者に便益をもたらすものであればあるほど、そしてつくりだされる社会的価値が高ければ高いほど、おそらくそれに与えられる報酬はより少なくなる。

邦訳p.271

 つまり、社会にとって必要不可欠な仕事ほど報酬(市場的価値)が低く、逆にどうでもいいような仕事ほど報酬が高いという傾向があると言うのだ。本書の訳者の一人の酒井隆史氏はこれを「エッセンシャル・ワークの逆説」と呼んでいる。
なぜエッセンシャル・ワークの報酬(市場的価値)が低いのかについて酒井は以下のように解説している。

(1)労働はそれ自体がモラル上の価値であるという感性がある
(2)それが有用な労働をしている人間への反感の下地となっている
(3)ここから、他者に寄与する仕事であればあるほど、対価はより少なくなるという原則が強化される
(4)さらに、それこそがあるべき姿であるという倒錯した意識がある
この逆説はこうした価値意識に根ざしています。人は労働に市場価値だけでなく社会的価値をもとめています。市場価値にすべて還元することはなかなかできません。ところがそれが社会的価値のある労働への反感の下地にもなっているのです。

「底辺の仕事ランキング」炎上で考える、「エッセンシャル・ワーカー」の給料が安すぎるという大問題

うーん、ちょっとよくわからないんだけど、要はウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」みたいものが背景にあるってことなのかな。

 まあ、背景はともかく「エッセンシャル・ワークの逆説」はたしかに存在すると思う。冒頭の「ノンデスクワーカーの特性」でもみたとおり、ノンデスクワーカー(≒エッセンシャル・ワーカー)はデスクワークに比べて相対的に賃金が低いし、賃金カーブもフラットだ(下図)。でもって、デスクワーカーの多くがグレーバーの言う「ブルシットジョブ」に従事しているとやや乱暴に括ってしまうならば、このグラフはまさに「エッセンシャル・ワークの逆説」を図示していることになる。

職業分類別・賃金の年間総支給額(ザイマックス総研「人手不足問題の解決に向けて」より転載)

エッセンシャル・ワークとジョブ型雇用

 ところで、非正規雇用が多い・賃金カーブがフラット(年功的には賃金が上がらない)というエッセンシャル・ワークの特性の背景には、それらの仕事の多くがいわゆる「ジョブ型雇用」であるということがあると思う。
濱口桂一郎氏(2021)はジョブ型雇用の特色として以下のような諸点を挙げている。
 ・職務(ジョブ)を特定して雇用する(職務に必要な人員のみを採用する)。
 ・契約で定める職務(ジョブ)によって賃金が決まる。
 ・職務がなくなると雇用契約は解消される。
 ・職務(ジョブ)ごとにあらかじめ賃金が決まっているため、人事査定はない。
 ・勤続年数に応じた定期昇給はない。
 ・定期人事異動や配置転換はない。
その上で濱口氏は、具体的な職務に基づいて雇用契約が結ばれている日本の非正規労働者の多くはジョブ型雇用に近いと指摘する。つまり、エッセンシャル・ワーカーには非正規雇用が多く、彼らは基本的にジョブ型雇用で、だから賃金カーブもフラットだということになる。

エッセンシャル・ワークの逆襲?

 さて、前回記事(家事の内部化)で取り上げたリクルートワークス研の「労働供給制約社会がやってくる」では、少子化に伴う構造的な人手不足が今後特にエッセンシャル・ワーク分野において進むと見られている。しかし、普通に考えれば、人手不足となればこれらの職種の賃金は上がるはずである。ましてや社会を維持するために必要不可欠な(エッセンシャルな)仕事なのだから、賃金を上げてでも必要な人員を確保する必要があるだろう。
 ではどうやって? 女性、高齢者、外国人、あるいはロボット? もちろんそのあたりにも期待しないといかんだろうと思うが、実は案外デスクワーカーからノンデスクワーカーへと労働移動が起きる可能性もあるんじゃないか、と私は見ている。
 冒頭に参照した各種のレポートにもあるように、デスクワーカーの有効求人倍率は高くない、つまりけっこう充足しているのだ。今後AIやらDXやらが進めば、デスクワーカーが余剰になる(=賃金も下がる)可能性も高い。となるとデスクワーカーからノンデスクワーカーへの労働移動が起きてもおかしくはない。あるいは就職先としてノンデスクワークを志望する若者も増えるかもしれない。
 さらに言えば、近年のコロナ禍あるいは働き方改革を契機として、大企業を中心にホワイトカラーというかデスクワーカーの雇用形態を従来のメンバーシップ型からジョブ型に切り替えようとするところが増えているが、ジョブ型が普及してくれば雇用の流動性も高まることも期待できる。
 もちろん、主にデスクワークに(ということはオフィスに)はびこっていると目される「ブルシットジョブ」を減らすことができれば、それがいちばん手っ取り早い労働移動促進策になることはまず間違いないのだが、ここはなかなかてごわそうだ。
 なお、「ブルシットジョブ」とは明記されていないものの、リクルートワークス研では「企業のムダ調査」というレポートを公表している。これによれば、階層によって異なるもののだいたい50〜70%の人が「自分たちの仕事にはムダな業務がある」と認識しているという。みんなうすうすわかっているんだけど、それを口に出すのは「天唾(てんつば)」だからねえ。




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