見出し画像

地域公共交通を繕う(再掲)

初出 2022年8月1日

このところ地域公共交通を巡るニュースがいろいろと出てきているので、ちょっとまとめてみようと思う。(トップ写真は富山市のLRT(筆者撮影))

1. ざわつくローカル鉄道界隈

 7月25日、国土交通省の有識者会議が、地方ローカル鉄道のうち、1kmあたりの1日の平均利用者が平時に1000人を下回るような路線については、国と沿線自治体、事業者が改善策を協議する仕組みを設けることを骨子とする提言を公表した。

(提言本文はこちら。)

 内容にざっと目を通してみたけど、要は国・沿線の地方自治体・鉄道事業者の間で、それぞれの責務や役割分担を踏まえてよ〜く話し合ってちょうだいね。そのためには話し合いの場(特定線区再構築協議会(仮称))をきちんと設けましょう、でもって「存続ありき」「廃止ありき」の二択の議論じゃなくて、バスやBRTに置き換えるとか「上下分離」にするとか、あくまでも利用者目線に立った「地域公共交通の再構築」を目指しましょう、国も補助事業とかで支援するからさ、といったような、まあわりと当たり前のことが書かれている。ただ、素人目にはそう読める、というだけの話で、政治的にはいろいろと意味がある提言なのかもしれない。まるで提言を待ち構えていたかのようにJR東日本が不採算路線の収支を初公表するなど、関係各位がなにやらざわつき始めているようではある。

2. 欧州と日本の違い

そもそも。
 日本では地域公共交通(鉄道や路線バス)は独立採算制の営利事業が基本である。それゆえ、モータリゼーションの進展や人口減少に伴って利用者が減少すれば、それに伴って採算は悪化していく。採算が悪化すれば不採算路線の減便や廃止へと向かうのは当然であり、それがさらに進めば最悪の場合交通事業者の破綻に至ることもある。
 地方はクルマ社会なんだから公共交通なんか使わないよ、という声をよく耳にするが、クルマを持っていない人や自分ではクルマを運転できない人―学生、障がい者、高齢者など―は公共交通がなくなればそれこそ身動きがとれなくなる。
 だから採算悪化したら廃線やむなし、ということじゃなくて、なんとか公共交通を維持する方法を前向きに考えていきましょうよ、というのが提言の趣旨だとは思うけど、これまでにも自治体によっては、運行事業者に補助金を入れて赤字補填をしたり、出資して第三セクター方式にしたりと、要は税金を投入してなんとか最低限の運行を維持しているところも少なくない。
 これに対して、欧州では、地域公共交通は行政が提供する「公共サービス」であり、必要となれば財政負担をしてでも維持すべき「社会インフラ」であると位置づけられている。
 このあたりの詳細については、7月26日に土木学会が公表した「日本インフラの体力診断Vol.2(地域公共交通・都市鉄道・下水道)」の「地域公共交通編」に非常にわかりやすくまとめられているので、ぜひこちらをご一読されることをおすすめする。

 このレポートによれば、日本と比較した欧州の地域公共交通の特徴は以下の6点にまとめられるそうだ。

  • 地域公共交通を公共が一定の財政負担を前提とする公共サービスとして捉えている。

  • 事業者の採算性より住民への良質なサービス維持と利便性の向上を目的としている。

  • 地域公共交通は地域の活力を維持し,地域の魅力を高める為に必須であるとされている。

  • 自治体は異なる交通モードを考慮した中長期の交通発展計画を策定している。

  • 自治体は交通事業者と積極的に対話をしている。

  • 自治体の交通担当者は交通や都市計画の専門家であり,経験,知見は深い。 

 要は、公共交通は住民向けの公共サービスとして公的資金を投入してでも維持されるべきものであり、そのために地域の公共交通計画は自治体が中心となって策定されるものだということだ。だから日本みたいに採算が悪化したからといってじゃあ廃線にしましょうということにはならない。この背景には、欧州では「交通権(人々が自由に移動できる権利)」が日本に比べて重要視されているということもあるが、なによりも地域公共交通が持つ多面的な効用がきちんと理解されているからではないだろうか。
 これを最近は「クロスセクター効果」と呼ぶらしいけど、例えば公共交通機関を廃止して補助金を節約しても、高齢者の外出機会が減って健康が損なわれて却って医療費が増加するかもしれないよ、みたいな話。公共交通がなくなってみんながクルマを使うようになると化石燃料の消費が増えてCO2排出量が増えるんじゃないか、というのもそうだろう。つまり、単なる採算論議じゃなくて、公共交通があることでもたらされている間接的なメリットや逆に公共交通がなくなったときにもたらされる間接的なデメリットまで含めて議論しましょうよ、ということだ。

 カーボンニュートラルに熱心な欧州諸国では、自動車の利用を抑制するために地域公共交通へのシフトを促しており、タリン(エストニア)やストラスブール(フランス)など、そのために地域公共交通の料金無償化に取り組む自治体も増えている。そういう思い切った取り組みができるのも、公共交通は社会インフラとして維持するとともにそのクロスセクター効果も踏まえて交通政策を考えるという基本スタンスがその根底にあるからこそであるる。

3. 滋賀県は「交通税」の議論を開始

 今でも地域公共交通を維持するために公費を投入している自治体は少なくない。公費を投入しているという点では欧州の都市と同じじゃないかと思われるかもしれないが、日本の場合は「赤字補填」つまり税金を入れてギリギリなんとか支えるといういわば後ろ向きの取り組みなので、現状維持が精一杯。これに対して、欧州の場合はまずは「住民ファースト」が基本なのでおカネの使い途が前向きなところが大きく異なる。
 この点に関して、先頃滋賀県で全国初となる「交通税」の導入に向けた議論が始まったという。

 こういう話になるとすぐに「オレは公共交通を使わないから税金払いたくないよ」と文句を言う人が出てくるのだけど、じゃあ「オレは図書館使ってないから図書館の建設や運営にかかる税金は支払わないよ」と言いますか?という話ですよ。公共サービスってそういうことじゃないでしょ。
 これを契機に地域として公共交通を支えていくためにはどうしたらいいかという建設的な議論をぜひ進めていただきたいと切に願う次第である。
(滋賀県税制審査会の答申はこちら。)

4. 余談

 ここまで、わりと真面目な話をしてしまったので、最後に気分転換にひとつ楽しげな記事をご紹介。
 penの記事なんだけど、ドイツ北部の廃線で実験的に導入された無人運転のトラムで、手を振るとセンサーが感知して自動で停車してくれるのだそうだ。なかなか大胆なデザインで格好いい(雨や風が強いときはどうなんだろうという心配もあるけど)。
 廃線ありき、じゃないこういうイノベーティブな取り組みが日本においてもいろいろと出てくるようになるためにも、地域公共交通のあり方に関する前向きな議論が必要なんだろうと思う次第。


【おすすめ参考文献】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?