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蝦名芳弘を探して 第一回

 マガジンハウスで活躍した蝦名芳弘という編集者に興味を持っている。本人はすでに亡くなっており、社内で反主流派に属していたせいか、マガジンハウスについて書かれた書籍でも殆ど触れられておらず、あったとしても遠回しにディスられていることが多い。仕方がないので自分で少しずつマガハ関係の本を通じて情報の断片を集めている。
 さて、最初に取り上げる新井恵美子「マガジンハウスを作った男 岩堀喜之助」はマガジンハウスの創業者、岩堀喜之助の評伝(著者は長女)。熱海の旅館の仲居の私生児として生まれ、国府津の馬力引きの伯父に育てられ、一旦は警察官になったものの、社会変革の夢に燃えて時事新報の記者に。そして大陸へ・・・と殆ど朝ドラの主人公のような生涯に驚く。敗戦直後に「平凡」を刊行した理由も、大陸ではたせなかったユートピア構想に突き動かされたからである。
 既存の出版社さえ紙の工面で苦労していた時代に、なぜ創立したばかりのインディ出版社が雑誌を刊行できたのか。この本には興味深い事実が書かれている。岩堀は、大政翼賛会時代に編集を手伝っていた帝国陸軍の機関誌「陸軍画報」の書名と発行人の名義を変更する手法を使って「平凡」を刊行したのだ。つまり戦後平和は軍国主義の看板を書き換えて誕生したのである。ちなみに同じように大政翼賛会で働いていた「暮しの手帖」の創刊者、花森安治とは「岩堀」「花ちゃん」と呼び合う仲だったそうだ。

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