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実在作者/実在発信者

物語が書かれている以上は、それを書いた”何者か”がいるはずである。

人類は、言葉を獲得してから素晴らしいものを発明していた。
書くということの発明である。これはある意味で記憶の外部化をすることが可能になったということである。偉大な一歩であった。

仕組みとしては、暗号と何ら変わりない。現実に起きていることなどを一定のルールに従って記号に変換したら、読む側はルールに従って戻せば何を伝えたいかがわかるというものである。赤い狼煙と青い狼煙で、危険と獲物を知らせるのと何も違いはない。複雑なだけである。
この複雑さのおかげで人間は、多様で幅のある表現が可能になった。そのかわりに、読むということも書くということも難しくなってしまった。人間の脳の容量のどれだけを読み書きに当てているのだろうか。

それでは、この複雑な読み書きも含めた”言葉”を扱うものは誰がいたかを考えたい。
まず、人間がいるだろう。これは誰もが文句の言いようがない。次は、神になるだろう。そして、その次は、悪魔などだろうか。
他にも動物の中でいるかもしれないが、コミュケーションをしていても今のところ読み書きで伝達をしていることは少ないのではないかと思う。犬などのマーキングも一種の読み書きかもしれないが、少なくとも我々が使うような”文字”は使っていない。
全ての可能性を潰していくのは難しいので、さらに限定をすると、我々人間が使っているような言葉を使っているのは、人間だけである。少なくともアルファベットを書いている犬は見たことないし、自然発生的に漢字を書いている象や、ひらがなを書く猿もいないだろう。これは逆に言えば、猿の使うような言葉を人間は使うことはないということもあるが…。

つまり何が言いたいかと言えば、我々が見ている書かれた物語は人間以外は書くことができないものであったということである。物語を書いた作者は確実にいて、動物ではありえなかったということである。それに加えて、科学の時代に入ってから「神の実在」や「悪魔の実在」を疑う者にとっては、それが十分過ぎるほどに希薄であり、存在しえないものとなってしまった。彼らにとっては、それは内なるものではなく(ある意味では「内なるもの」以上ではなくなってしまい)、”こと”のような存在になってしまった。対象化された神は否定しうる存在となってしまった。このことによって、実在し、人間の外に生まれる”文字”という現象に干渉しえない存在になってしまっている。

仰々しく書いてはみたが、結局のところ”文字を使った言葉”を扱うのは、この時代までは人間以外ありえなかったということが重要である。
これは、物語を読んだ時に読者の中に現れてくる想定作者とは明確に区別するべき存在である。想定作者は読んだ人間の中にイメージとして現れる作者であり、それを書いた存在の実際のことではない。それらで導き出された要素が一致することもあろうが、同じものではない。

さて、想定作者と実在作者を合わせた考えた時に重要なのは、よほどイメージを膨らませるのが得意な方であるかSF好きでなければ、人間以外を想定作者として規定して、実在作者について思いを馳せるということはしない点である。

作者が言葉から切り離されたところから、その物語を誰が書いていようとも「文字の羅列」というコンテキストからは、ある一定の枠が設けられるようになった。つまり、多くの場合はゴーストライターがいたとて作品自体の構成や解釈、価値(経済価値ではない)は、大きく変わることがなくなった。これは、読者側に委ねられるにあたって必然的に起こるものであり、言葉の意味決定プロセスを考えれば読者に委ねられることさえ当たり前の帰結であった。
特別な断りがないのであれば、言葉とは共有したルールをもとに暗号化と複合化を繰り返すものである。そうでなければ、ここで私が”これを読んでいるあなたは時間を無駄にしている”と言ったときにも、"イヤイヤ、これはあなたが朝食にはパンを食べましたねという意味でしたね"ということさえできてしまう。つまり、言葉でのやり取りではルールが基準であり、その基準はやりとりをする者たちの了解で行われるものである。だからこそ、このルールに則っていれば誰もがコミュニケーションを取ることができる上に、意味の解釈はルールに則った読者に、ルールで作られた限られた(とはいえ、ほとんど無限に近い)範囲に限られて、自由に任されるしかないのである。

しかし、その無限に近い想像の中で想定作者を豊かに膨らませたとて、実在作者を視野に入れて考えれば”人間”であるしかなかった。これが重要であった。この先には”人間”しかいない。
つまり、それを書いたはずである”何者か”は何者であれ、人間ではあった。

この存在している人間。これが実在作者となる。



普段は小説などを書いていたりします。
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