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人間消失

紫乃 羽衣

この小説を手に取ってくださった方へ

 この物語は、私が友人から受け取った原稿を、そのままに載せているものである。しかし、私とて小説家の端くれであるという自覚とプライドがあるので、このようなことをするのには良心が警告の赤い灯を回してくれていた。その友人が言うには「これは、自分が載せるのではいけないんだ。意味がない」ということらしい。
 久しぶりにその友人を誘って酒を飲むことにした。狙いは言うまでもない。それに加えて、最終確認と念押しをするためである。金が絡むと人間関係は悪化するのが、お決まりのパターンとなる。面倒ごとは御免被る。
 友人の飲み始めは、昔と変わらず可愛いサワーからであった。少しずつ強い酒にすると酔わないという友人独自の理論である。強かに酔い始めた時に本題を切り出した。これを書いた理由、本当に構わないのか、権利はどうするのか云々。一番重要な権利については、全て私にくれると言うのである。もらえるものは貰っておこうという関西人のDNAが働いたのと、友人の熱量におされた結果、そこまで言うのであればと気取ったことを伝え、この作品を発表するに至った。

二〇二四 作者 記

*** 

 件名:小説出演の依頼です。
 本文:作家H様 

初めまして。私は、趣味で小説を書いている恩名燦と申します。急にメールでご連絡して申し訳ありません。先生のホームページにあったご連絡用メールアドレスからご連絡させていただきました。私は、現在小説を書こうとしているのですが、その小説の中で、H先生にご出演していただきたく依頼をさせていただきます。お忙しいところ恐縮ですが、お返事いただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。

 私(つまり紛れもなく、この文章を書いている作家H)の元へ、一件のメールが届いた。塩焼きの鮭を温め始めてまもなくだったので、腹が立ったことを覚えている。それに、中身を読んでも何を言っているのかわからなかったし、あまりにも不躾であるようにも思われた。たしかに、私のホームページには、仕事依頼を受け付けるという旨の内容と、件名には依頼する仕事の概要を書くように掲載している。それにしたって、この小説「出演依頼」というのは、あまりにも突飛すぎる。「執筆依頼」ならば、まだわかる。エッセイを中心に書き続け、世間ではありがたいことに随筆家とという光栄な肩書きで読んでもらえるようになったので、それなりの自負がある。奇妙なのは、この「小説出演」という仕事である。何が言いたいかがわからない。真っ先に思いついたのは、小説で名前を出すことへの許可。これを小説家だから少し気取ったように「出演」と形容したのかと思った。ありきたりな表現を過剰に羅列するだけの自己陶酔がすぎる形容の一種に見えなくもない。次に考えたのは、私をモデルとした小説を書くことへの許可を、「出演」と形容したということである。しかし、この訳のわからなさがスマートフォンの画面に目を釘付けにする。少し冷えた鮭を食べながら、どうしたものかと考えた結果、食後の豆茶とともに、この要求を飲むことにした。
 とはいっても、いざ書こうと思っていても、なかなかアイデアはやってこなかった。だから、少し縁があって取材に行かなければならなかった時のことを書こうかと思う。他の仕事で頼まれていったものだったが、企画担当者と出版社の上層部で齟齬が生じたらしい。相当に揉めたと後になって愚痴を言っていた。その担当者が言うには、「会議で一度通したものを、後になって今時はコンプライアンスがー、とか言ってんじゃねえよ!!!!って感じですよね(原文ママ)」ということらしい。

 2月某日にその人を訪ねた。
 その方は、幻覚やら虚言の兆候が現れるようになって精神病院に入院されている方だった。元より、夢想することが好きだったので、そこまで重く受け止めていなかった。実際、その特性を活かして彼は界隈では有名なインディーズの作家をやっていた。作品を読んでみたが、どれもこれもファンタジーや人類には早過ぎるような未来の物語が大半を占めていた。それなりに読み応えがあり、なるほどこれはと思えるものもあった。他の出版社の編集の方に紹介してもいいと思えるくらいではあった。
 ただ、問題はその先にあった。彼には、他の人にはない症状が現れていた。埃及語を喋るようになったらしい。正確には、埃及語しか話せなくなっているということであった。彼の友人、家族、恋人に至るまで全ての人に聞いて回ったが、埃及語を喋ることができる知り合いはいないと言うことだ。また、渡航記録にしても埃及はもとより、この国から一歩も外に出たことがないことも確認した。
 彼がそのような現状であるから、彼とのやりとりは、埃及語と日本語で行われたのであるが、それをそのまま書いてしまうと非常に読みにくい文章になってしまうので、全て日本語で書く。

***

「やあ、こんにちは」
 部屋に入ると、私を見るなり爽やかに挨拶をしてくれた。私も、はじめまして、と軽やかに返した。部屋自体は、思っていたよりも綺麗だった。白がベースの少し淡いクリーム系の色。真っ白よりも圧迫感が少なく落ち着いて過ごせそうな印象であった。部屋の奥には少しだけ開くようになっている窓があり、明るい部屋だった。彼は、ベッドのリクライニングを立てて軽く体を起こした状態で座っていた。
「こちらは、作家のHさんです。私は通訳の小池です。よろしくお願いします。」
 小池さんが手を伸ばすと、彼もその手を握り返した。
「ご丁寧に、どうも。私も名乗った方がいいですか?」
 私が顔を横にふると、彼は満足げに頷いた。

「それにしても、いいお部屋ですね。明るくて綺麗です」
「そうなんですよ。意外ではなかったですか?」
「ええ、全く。本当にその通りです」
「Hさんも近代文学を読まれるので、わかると思うのですが、あれらの時代の作品に、このような役割の部屋が出てくると、作品全体の雰囲気というか、主人公の雰囲気というか…。まあ、そういうのに引っ張られてしまって、どうもこういう部屋が暗く感じてしまうじゃないですか」
「いや、全く」
「でも、本来は暗くあるべきじゃないんですよ。ほら、冬になるにつれて鬱になる人が増えるというじゃないですか。日照時間の問題で。だったら、部屋は自然光で明るくして、眩しいと感じるようであれば、カーテンなどで調整すればいいんじゃないかと」
「確かにそうですね」
「ああ、失礼。急に喋り過ぎてしまいました」
「いえいえ、結構ですよ。あなたのお話を聞きに伺ったのですから」
「これ以上話すと余計な話ばかりして日が暮れてしまっても話し続けてしまいますから。本題に入りましょう」と一時間くらい幼少期の話が続いた後に気を遣ってくれた。

「それでは、本題ですが、あなたは突然に埃及語を話されるようになったのだとか。どのようなタイミングで埃及語を話されるようになったのでしょうか」
彼は、「そうですね」と言いながら、水平より15度ほど高く視線を上に向け、八秒くらいの間をおいた後、顔の角度はそのままに視線を左斜め下へとずらし、3秒ほどの沈黙を重ね、左手で頭をかきながら、「あー、やっぱり、そうですね」と漏らした。そして、はあっ、と大きく息を捨てたのちに、口を閉じて鼻から息を吸い、ふむ、と半分ほど逃して眉間にシワを寄せ、目を細めながら口を開き始めた。
「いや、それが本当にわからないのですよ。ある日、目が覚めたら急にとしか言いようがありません。正確には、目が覚めた瞬間は全くわかりませんでした。朝起きて、いつもの天井を見て、寝転んだままグッと伸びをする。朝日に特有の白い光が心地よかったのを覚えています。時計を見ると六時四十五分の少し前で、心地よさとは裏腹に遅刻の二文字が頭をよぎりました。時間というやつは、誰の許可もなく勝手に進む。そのくせに遅刻したら怒られるのは私です。まったく、世界には不条理なことがあったものです」
私が苦笑いをすると、彼は、あ、失礼と言いながら本題へ戻っていった。
「あの日は、そのせいで朝ごはんを作る間もなかったので、とりあえず外に出られるだけの準備をして、大学へと向かいました。大学の中にあるコンビニで、パンを買おうとレジで会計を済ませようとした時です。急いで出てきたからか、財布を家に忘れてしまっていました。すでに、商品のバーコードの読み取りが終わり、馴染みの店員さんが笑顔のまま待ってくれています。しかし、ないものはないので、どうすることもできません。私が焦っていると、店員さんが『どうされましたか』と訊ねてきてくれました。財布を家に忘れてきてしまって、と告げると、店員さんの顔が笑った形のまま少し曇ったのがわかりました。そして、『すみません、なんですか?』と聞き返してきたので、再度同じことを告げると『冷やかしですか?』と言われました。私には、なんの事だかさっぱりわからず、かといって普段から仲良くしていた店員さんなので、聞き取れなかっただけかと思い、もう一度「そんなことはない、財布を忘れただけだ」と告げました。この三度目の言葉で違和感に気づきました。私自身の発した声は聞き馴染みのある音をしていませんでした。自分でもどうなっているのかわからずに、混乱してしまいました。ただ、思ったように音にならない。どうしようも無くなってしまった私は、Sorryと一言だけ言ったつもりで、逃げるようにその場を後にしました。
 そうして、教室についてからスマートフォンの録音機能を使って自分の声を聞いて、さらに驚きました。これは、明らかにおかしいものでした。普通なら起こり得ないものでした。自分が想像した音が出ていませんでした。録音した自分の声は変に聞こえると言いますが、そんなものではありません。そもそも、日本語ですらなかったのですから。気がついたら、私はその音声を消して、スマートフォンを急いで隠すようにポケットの中にしまっていました。
 授業が始まるチャイムが鳴ってからの記憶が、ほとんどありません。ただ、いつもよりも勉強に集中していたことだけは覚えています。貪るようにテキストを読み、教授の話しに聞き入りました。教授が、いつもよりもおしゃべりになっていたように感じたことは、ぼんやりと私の身体に染み込んでいます。講義が終わってから、私は一目散に家に帰りました」

 私が、ただ聞かされた超自然の怪異は、あまりにも途方もなく、手に負えるものではなかった。妖怪のように何かしらの説明のための何かであるとかいうことはできなかった。目の前にいる彼が、冗談を言っているように思えなかった。とりあえず、今の話を続けてもらうしかなかった。
「なるほど。これでは突然としか言いようがないですね」
「本当にそうですよ」
「ただ先ほどのお話だと、異言語を喋るようになったかもしれないというだけで埃及語であるとはわかりませんよね。どうやって、それが埃及語だとわかったのですか。例えば、今時だとAIで認識できたりするので、それでしょうか」
「いいえ。私の友人の知り合いに語学に詳しい人がいて、その人が教えてくれたのです。家に帰ってから、友人二人と私の三人がいるグループチャットにボイスメッセージを送りつけました。どちらでもいいから早く気づいて、何が起きているのかを私に教えて欲しかったのです。絶対不審に思って何かしらを調べてくれるに違いないと思って。いや、AIなんて、あてになりませんからね。第一、AIを使って埃及語だと言われてもね、私自身が判断できないのに、どうやって信用しろと言うのですか」
「そうですね。そのご友人は、信頼のおける方だということですか」
「ええ、少なくともAIなんかよりは信頼できますよ。なんといったって、私は彼らと信念のもとに小説を書いてきたのですから」
「小説を書かれているのですか。どうりで近代小説の話が出た時に、説得力があったわけです」
私は、これが例のやつかと察した。
「我々は、三人で小説を書いていました。まだ、売れるには時間がかかるかもしれませんが、それでも、少しずつ作品を作っていきました」
「そのあたり詳しくお話聞かせてもらえますか」
彼は、夕暮れの先を見通すように外を眺めながら、ええ、と答えた。
「私はね、この話をするときは、いつもここからと決めているのです。そう、桃太郎しかり、かぐや姫しかり。ああ、そう。源氏物語もそう。昔々、あるところ、に、です。小説だって同じ話なら、いつ読んだって同じ出だしです」
 私は、お願いします、と言いながらも、何か開けてはならないものを覗こうとしている気がしてならなかった。

***

 私の故郷は、山に囲まれた田舎でして、とはいえ都市機能が無いわけでもないので、そこでしばらく大学院に入って研究をしておりました。一度は東京まで出たことはあるのですが、どうもあのビル群は息苦しくて仕方がなかったのです。実家はそれなりに裕福でした。昔からの名家というやつで、名前は知れていて土地も広く持っているので、米を作ったり、さまざまな野菜を作ったりしておりました。一応、これでも有名なブランドになっている歴史をもつ家です。
 そういうわけで、両親は私に好きなことをさせてくれていました。この時代に文学で院生になるなど正気の沙汰ではありません。しかし、私は実家を頼みにして、そちらの方の道へと進むことにしました。
 研究のテーマは、作品としては源氏物語ですが、より踏み込んだことを言うと、その語り手の性質と物語に与える影響でした。このテーマを発表した時には、近代以降の文学理論を持ち込むのは、どうのこうのというやかましい時代遅れな教授がいましたけれども、別にかまいやしませんでした。そりゃ、テクストが変わるかもしれない以上、そこを確定させるのが研究のステップとしての第一段階ですが、それを言ってしまったら何だってできてしまいますよ。ここまで流布したテクストがあって、お話しを一貫できているのであれば、誰が作っていようと、「源氏物語」として括ってしまって、その箱で物語の研究を進めなければいけないと思うのです。新しいものが出てきたら、シン・源氏物語みたいにすればいい。第一、それまでの物語研究がしっかりとしていたのであれば、新しく出てくる数瞬の物語にも筋が通っているはずですから。
 類似作品を探してさまざまに考えるようにしました。結局は、何かしらのルール、公式を他の所から考えて、テーマにしている作品に当てはめるというのが私のレポートを書くときのパターンでした。つまり、アイデアが欲しかったわけです。ただのひらめきに頼るという、研究者の風上にも置けないダメなやつです。
 修士論文を書かなければいけない時期に差し掛かり、それまで以上に本を読みました。正確に言えば、今まで読んだことがあるものも再度読み始めました。芥川龍之介の「河童」に始まり、中島敦の「山月記」もあります。夢野久作もありましたね。それから、いわゆるライトノベルというジャンルも読みました。他にも、海外の作品で言うとアガサ・クリスティの「アクロイド殺し」に、そうそう、芥川では「藪の中」も忘れてはいけませんね。ともかく、そのあたりの本を繰り返し繰り返し読んで、語り手と物語の関わりや、その語りが与える性質を探っていたわけです。そこには、私では考えつかないような、面白い発想が山のようにありました。そして、それと同時に、私も書いてみなければわからないのではないかと思うことが増えてきたのです。これが、私自身への言い訳であることも知っています。書かなければいけないのは、修士論文であって小説ではありません。しかし、もし、このロジックが正しければ、という好奇心が私を少しずつ「小説」へと駆り立てました。私はやらなければいけない方向とは別に研究熱心だったのかもしれません。自身の小さな仮説を追求しては書かずにはいられなかったのですから。

 初めての作品は、三〇〇〇字にも満たない程に短く、拙いものでした。しかし、これを誰かに読んでもらいたいと思いました。これを誰かに読んでもらって、感想が聞きたい。素晴らしいと言ってほしい。表現やディテールはまだ不完全かもしれないけれども、今までに積み重ねられてきたロジックから作り出された、新しい表現を、その物語の解釈可能性を、その広がりを、見せつけたかったのです。出来上がった瞬間に、拙なさはある作品だと思っていました。しかし、それと同時に自ら作り出した作品が、文学の新たな一歩であると思えるとは想像にもしていませんでした。
 問題は、この大事で複雑な作品が一般の人にわかってもらえるとは到底思えなかったことでした。この素晴らしさを見つけられそうな人間を記憶より探りましたが、思い当たるのは学部時代から仲良くしていた春見くらいでした。思い返せば、彼は大学の時分より小説を書く男でした。昨今の大学は、どこもそうなのかは分かりませんが、どうにも真に文学部生というものが存在していないように思われるのです。その点で言えば、春見はとても優秀な文学部生でした。何より、折に触れて送られてくる彼の小説は、読むに柔らかく、見えざる主題に芯の強さと人間の普遍を感じられ、心地よさと納得がいくものばかりでした。彼ならば、世間に知られていない、あるいは理解されないであろう偉大な功績を見つけてくれると確信を持ちました。
 思いついた物語を書きたいという欲に駆られてから数時間経ち、日付が変わってしまってから、その適任者にワードファイルを送りつけました。送りつけてからというもの落ち着きませんでした。まるでラブレターを送った時のようです。私は、二分も経たないうちに、彼とのトーク画面を開いていました。早く既読の文字がつかないかと我慢することができませんでした。自分の送ったメッセージを意味もなく何度も読み返していました。勢いのままに送ってしまったメッセージは長文になっていて、少し申し訳なさが滲み出てきていました。
 五分もしないうちに、今日中に来るのは無理だろうと諦めて、背の低いベットに腰をかけ、パソコンに文字を打ち込み続けて固くなった体を思い切り伸ばしました。そして、そのままの姿勢で後ろに倒れ込み、大きく息を吸い込み、天井に向かってゆっくり吐き出しました。気を落ち着かせようと、枕元にあったスマートフォンに手を伸ばして、ドビュッシーの「月の光」を流しながら目を瞑りました。これでもかというほどに繊細な三度のハーモニーが、ほとぼりを宥めてくれるようでした。雨が屋根を叩くカタカタとした音も、サワサワとした音も、開けた窓から入ってくる少し冷たい空気でさえ、音楽の一部に感じられました。弦が叩かれてから、次の弦が叩かれるまでの間が私までも流れの一部のように、ゆっくり浮遊していくかのような感覚を覚えました。
「ピョロロロロロロ」
と大声で空気も読めずに通知音が鳴りました。春見はいつも空気が読めませんでした。
「このくらいの長さなら、すぐ読めそうだから感想書いて送るよ」
言い回しに引っかかるところがいくつかあったのですが、それでもようやく読まれることがわかり安堵するのと同時に腹の虫が働き始めました。
 この時、夕飯を食べることも忘れて小説を書いていたことに気がついたのです。

 私は近くのコンビニエンスストアへと向かいました。両岸が桜並木になっている川を越えるとすぐのところに、この辺りで唯一、二十四時間営業のコンビニがあります。とはいえ、深夜になると置いてある商品の種類は少なくなってしまっています。店内の残りのものに目を通したところで、おとなしく辛いカップラーメンとカフェオレを買うことを決めました。会計を済ませようとスマートフォンを出したところで、春見から通知が来ていることに気がつきました。
「悪い」「打つの面倒だから電話してもいいか」とメッセージが来ていました。急いで会計を終わらせて、コンビニを出る前に、通話ボタンを押していました。
「ああ、春見。夜中にごめんよ」
「いや、いいんだよ、君が小説を書くようになるなんて思ってもみなかったからね。それに短かったからすぐに読めたし」
「あ、ちょっと待ってくれ」
 店を出て、傘をさそうとした時に私が計算していたよりも腕の数が少なかったことに気がつきました。レジ袋と傘とスマートフォンをどの順番で持てばいいかわからなくなり、落とす覚悟で耳と肩で挟む旧時代式電話保持法を使い、傘を広げて、袋を傘の曲がった手持ち部分にぶら下げスマートフォンを手で持ち直しました。
「お待たせ」
「ああ、もういいのかい」
私は、もういいんだと言いながら歩き始めました。
「それじゃあ、感想なのだけれどね。まず一番はかなり実験的だと感じたんだ。それは、今から話していくところにも通じているのだけれど、というよりも、そのせいでこの話がしづらいのだけれど」スマートフォンから聞こえる声に、私は少し胸が躍りました。「話しにくい」という言葉が私の胸に突き刺さったのです。
「これがなぜ話しにくいかといえば、この小説には人称が存在していないんだ。地の文にあたるところに、”僕”も”私”も存在していない。彼も彼女も、峻もいない。つまり、人物名さえ出てきていない。だから、この小説は誰が語っているかがわからないんだ」
春見は、順当に私の意図を汲み取ってくれるように話してくれました。ただ、あいつはそういうところがあるやつだとも知ってはいるのですが、実際にこの状況になってしまうと、喜びの方が勝るものです。気がついたら、私は黒く塗られた桜並木と川の流れに向かい合うように橋の上で止まっていました。あの時の私は、口ではなるほどと言ってはいましたが、きっと声は揺らいでいたことでしょう。
「しかし、メタ的なこと言えば、これで一本書き上げるのも大変だったと見える。この途中で登場した女性に語らせていくのは正解だったな。この人のセリフ内では、人称を消していないから話しを書きやすそうだ。そして、この視覚的な使い方はなんとも言えないな。少し狡いような気もしてしまうが、まあ、好みだろう」私は、少し傘を強く握って、真上にある電灯に照らされた雨粒たちを見ながら、そうかと返しました。
「ただ、この人のセリフの肝はそこじゃない。物語の8割がこの一つのかぎかっこの中に収まっているということだ。そう。これは、聞いている側に焦点を当てながらも、その実、実際に多くの体験を語り、物語の中心になっているのは、途中から出てきたこの女性の方なんだよな。どう考えたって。つまり主人公は誰なのかが難しい。もちろん一番外側にいるのは、誰と言えばいいかわからない『誰か』であるのは間違いないのだが、多く語っているのは女性の方。さあ、どうしたものか。そんなところだな。どうだ、初めて自分の書いた作品に感想を言われて」
 私は、このふわふわとした感じをなんと言葉にすればいいか悩みましたが、水たまりに映った自分の口角が思ったよりも上がっていたことに少し驚き「ちょっとだけウザいな」と返すと、春見はそんなもんだ、と笑っていました。私は、送る前に胸中にあったことを伝えていきました。今思えば烏滸がましさのあるようなものばかりでしたが、それでも春見は嫌な顔をせず答えてくれていたように思います。春見という男は、そういう人間なのです。

 私は、それからも、書き上げるたびに春見に送りつけていました。彼の感想は私を満足させるものばかりでした。二作目から連作として書いていたものの完結作を送ったあたりで、春見から文芸サークルに入らないかと誘われました。話をよくよく聞くと、純文学を主に取り扱うアマチュア小説家の集まりでした。
 元々、同じ文学部の国文学科に所属していた仲間内で始めたらしいのですが、そのうちの一人が時間の都合がつかなくなったと辞めてしまったらしいのです。ただ、二人で回すにはあまりにも重すぎて中途半端な活動になりかねない。そのために、私を誘ったということらしいのです。彼が言うには、「何も欠員補充のためじゃない。君が前読ませてくれている小説のように実験的な、意欲的な作品を描ける作家がいてほしんだ。周りの刺激にもなるし、やはりそういう作品が一番面白い。しかも、あの日送って来た小説が君の初めて書いた作品というじゃないか。才能の塊だよ」と白々しさにおいては天下一品の熱い演説によって、私は彼らの文芸サークルに入ることが決まりました。そして、私は瀧澤という男に出会ったのです。

 ***

 瀧澤は、堅物でした。本人が言うには、寺の息子であったから、ある程度は世間とずれてしまっているのを自覚しているとのことでした。さらには、なんとも言えない頑固さも持ち合わせていました。なにせ、医者になれという学費の出資者からの依頼を断ってでも、文学と哲学に邁進しようとしたのです。側から見れば不実な行動でも、彼の中では一つ筋が通っているのです。それが切れてしまうということが、何より彼を困らせるものでした。
 最初は何をどうすれば軽薄を人型に固めたような春見と、この瀧澤が意気投合したのかがわかりませんでしたが、それはすぐに解決しました。結局、二人は文学や哲学の話になれば、そこに対しては真面目でした。つまり、趣味が合って話が合えば仲良くなれるという単純なものでした。
 そして、この男は小説を原稿用紙に手書きしていました。私が入ってから半年ほどの活動の間にも、お互いの作品を読み論じ合うことが多く行われました。そこで瀧澤が新作小説を送ってくる時にも、原稿用紙に手書きしたものをわざわざ写真で撮って送ってくるのです。それを読むのには少々骨が折れました。何も手書きが悪いと言うわけではありませんが、効率には欠けるものであるように思いました。それにしても、一人一台は電子機器を持っているような時代に、手書きで文章を書くのは、かなり根気のいる作業のように思います。そういうところでも、瀧澤の頑固さというか、こだわりの強さのようなものが見えていました。

 あれは二月の頃だったように思います。その時分、瀧澤は祖父の墓参りに行こうとしていたのですが、瀧澤の周りの親戚も彼の祖父の墓がわからないということでした。詳しい場所を知っている親戚が亡くなってしまったために、墓参りに行こうにも物心がついているかさえ怪しい時に行っただけの遠方にある墓の場所など分かりようもありませんでした。唯一わかっていたのは、富山の寺の近くであるということでした。このことを聞いた春見が新体制発足記念旅行がてら墓探しを手伝おうじゃないかと言い始めました。彼の孝行なことに反対する理由もなく、三人体制での対面した活動は晴れて墓探しから始まったのでした。提案から一週間ほど先の週末に出かけることとなりました。
 向かった先は富山駅から、しばらく歩いたところにある大きな墓地の集合でした。ところどころに木が生えているのが見えるものの、見渡す限り墓が集まっていました。瀧澤が言うには、この集合の中にあることはわかっているものの、それ以上のことはわからないということでした。想像を超えた広さに多少の眩暈を覚えましたが、とりあえず、三人で区画ごとに分かれて探そうという春見の勢いにつられて、そのまま各々の方向へと別れていきました。

 墓を探していると、しばしば吹きつける冷たい風が体力を奪っていきました。この寒さでは、手袋がないのは厳しく、ポケットから手を出すことはできませんでした。曇りの上に雪が降ってこなかったのは不幸中の幸いでした。それにしても、北陸の風というのは、どこか潮の匂いがあるように感じられるのです。小説を読みすぎたせいで変な先入観があったためかもしれません。それでも、普段は海が周囲にない環境にいる身としては不思議な感覚でした。
 目当ての墓は、一向に見つからないまま、しばらく歩き続けていると、墓参りに来たと見える三人連れの一行とすれ違いました。これだけでは特別に珍しいこともないのですが、その三人の中に、外国人の方がいたのです。話している言葉からアメリカの方なのだろうということが推測できました。私の記憶が正しければ、アメリカの方々にはお墓参りを定期的に行うことはなかったはずです。恐らく結婚した相手の家の墓参りなのでしょう。先頭を切って歩いていた白髪まじりの男性は柄杓を桶に入れて片手で持ち、もう片方で和菓子のような袋を持ち、ヤジロベエのような格好をして歩いて行きました。その後ろを歩いていたお婆さんは左手に数珠と線香を持っておりました。そして、アメリカの彼女は白百合を持っていました。それは見事な白百合でした。北陸の曇りの中に一つの光源があるようでした。歩くたびに揺れるそれらは、一歩、また一歩と奥の世界へと入っていくようでした。決心を持っていくかのようでした。この決心は、此岸と彼岸の間のような異質な世界に入っていくようなものであるのだと思わせられたのです。時折、体を押してくる北風に立ち向かいながらも歩いていく様は、年を重ねなければ出ない威厳というものだと理解させられました。私は気がつくと彼女たちの十数メートル後ろを歩く形になっていました。これは、言い訳をすれば、探す順路のためにこのような形になってしまっただけでした。決して、気になってしまったから尾行しようと思ったわけではありません。わからなくならないようにしながらも、別の道から探そうとしましたが、残念なことにこの道と一本隣の道で最後でした。そのため、ここで回れ右しようとも不審であることには変わらないと思い、そのまま歩いて探していただけでした。
 その一行は、目当ての墓を見つけたようで、墓の前で少し荷物を置き始めました。見た目は、いわゆる墓と言われた想像ができるような墓でした。それなりに年を経ていると思われ、荘厳な感じがしました。白髪混じりの男性が、手に持っていた桶から柄杓を使い水をかけ始めました。私は、そこで止まるわけにもいかず、少し気まずさから会釈をして後ろを通ると、お婆さんは軽く首動かしてくれました。
 それから五十メートルほど歩き、ようやくこの筋の端まで来たので、もう一つ隣の筋に折り返し、来た道にある墓の裏を行く形で瀧澤の墓探しを続行しました。
 一つの筋から、隣の筋の墓も見えないものかと思われるかもしれません。たしかに、見えない事もないのですが、長年経っているであろう墓に書かれている字は遠目では見にくくなっているものも多くありました。瀧澤の話では、母方の家系の墓であり先祖代々が、そこで眠っているものの、ここ最近は一族全体でも高齢化が進んだり、都心へ引っ越したりと、最後に墓参りに行ったのが、瀧澤の祖父が亡くなった時で、それ以降は、誰も墓参りに来ることができていなかったのです。そのため、墓の特徴は分かっていても、一つ一つ墓石に彫られた字を確認していくより他に探しようがありませんでした。ただ、私はこの大義を口先には侍らせながらも、やはり白百合の彼女が気になっていました。

 折り返してから、また五十メートルほど歩いて来たところで、目論見どおりに、一行が墓参りをしているところまで戻ってこられました。線香の煙も上がり、百合も添えられ、三人が墓に向かって手を合わせていました。白髪混じりの男性は、数珠もつけずに寡黙に手を合わせていましたが、何かを亡き父に向かって伝えようとしているようでした。白百合の彼女も手を合わせていましたが、何か違和感がありました。周りの二人と同じように手を合わせているのに、何かが違ったのです。凛とした合掌。まさに彼女持っていた花のような姿でした。それは、何かに祈るかのようでした。故人の幸せを祈っているのか、彼女自身の悲しみに浸っているのか…。
 すると、彼女の前で少し気難しそうに目を瞑りながら背中を丸めて手を合わせていた老婆が「お父さん今年も命日が来ましたね。毎年寒いのに水をかけてごめんなさいね」と、囁きました。その声は静かなほどに寒い風の中へ、ゆっくりと溶けていきました。


 突然、手の中で振動がありました。私は少し驚くのと同時に、現実に引き戻されました。覚悟を決めてポケットから手と共にスマートフォンを取り出すと、瀧澤から目当ての墓が見つかったという報告がありました。添付されていた地図には、詳しい場所が書いてありました。私のいるところから、そこまでいく途中で、水汲み場と桶セットの置き場があったので、ついでに持って行くと伝えて、足早にその場を後にしました。

 私が目当ての墓に着いた時には、すでに春見は到着をしていて、ひらひらとこちらに手を振っていました。「すまないな」と瀧澤が言いました。私は、気にすることないと伝えました。瀧澤は、一通りの作業を手早くすませました。その時、春見が顔を墓と反対の方向へ軽く振ってきました。意図を察した私は首を軽く縦に振り、そっと後ろに下がりました。
 線香を置き、手を合わせる瀧澤の背中は、ひどく静かなものでした。それを眺める春見の顔も満足げで、穏やかなものでした。そうして、彼も手を合わせたので、私も倣って手を合わせ、彼の祖父に瀧澤と小説を書かせてもらう旨を報告しました。
 数時間の墓探しと墓参りを終えてから富山駅に戻り高岡へと向かいました。その頃には、すでに暗くなってしまっていたので、観光らしい観光をする事もなく宿に向かいました。

***

 宿に着いてから夕飯を食べ終え、あの白百合の彼女のことを二人にも話しました。あの時の違和感が、私の中で拭えずに居心地が悪かったのです。春見も瀧澤も、なるほど、と言ってから、しばらくどこから切り出そうかと悩んでいる様子でした。まずは、瀧澤が「確認なのだが、その白百合の方は、作法としてはなんら問題なかったんだよな」と言いました。これには、もちろん、問題がなかったと答えました。続けて春見が「その女性が、例えば数珠を持っているかと思ったら、真珠のネックレスをそれっぽく持っているだけだったとかそういうこともないよな」と言いました。「数珠であることには違いなかった」と答えました。春見が「それじゃあ、見た目には問題なかったということだから、きっとその感じだな。雰囲気だ」と言いました。瀧澤が続けて「俺が祖父さんの墓で手を合わせている時にはどう感じたか教えてくれ。比較じゃなくていい。俺の姿を見てどう思ったか言葉にできないか」と言いました。
私は、彼の大きくて静かな背中を思い出しながら、静かに見えたこと、何かを伝えようとしているように見えたこと、何かの義務から解放されたように見えたことを伝えました。それを聞いた春見が「それはじゃあ、君は墓参りを対話だと思っているんじゃないのか」と入ってきました。私は「だとしたら、彼女のことはどう思っているんだ」と返しました。その言葉を聞いて、春見は少し右側の口角をあげました。これは、彼の癖でした。意を得たりということを言われるとこのようになってしまうのでした。
「白百合の彼女は、祈りだったんじゃないのか。ほら、文化が違うから」
私は、この春見の論が腑に落ちました。なるほど、と思いました。確かに、あの凛とした背筋には、自立がありました。合掌した時に、少し項垂れて背中を丸くするという寄り添いの姿勢が彼女にはありませんでした。確かに、見た目はほとんど変わりありませんでした。その一点以外は完璧と言えるでしょう。ただ、そこにほんのわずかにでも違和感があると、やはり格好はできても、芯から変わるということはできないものなのかも知れないと思いました。彼女のその他の所作が、日本人らしければ日本人らしいほど、その違和感が強まり、振りをしているように感じるのだと思いました。
 春見は「まあ、こちらの気の持ちようみたいなところはあると思うけどな。この場合は。あくまでも朝倉の感覚ではそう見えたってだけだもんな。だってかっこいいだろ。そんな墓参りのシチュエーション」と言っていました。
しばらくの沈黙の後「ねえ、朝倉、キミのことでね、最近、気になっていたことがあってさ」と少し歯切れ悪く、春見が切り出してきました「恐らくだが、俺も同じこと聞こうとしていると思う」と瀧澤は、春見に同調しました。
「キミ、小説を前よりも書かなくなったよな」
 春見にこう言われた時、正直やはりこの話かと思いました。月に一度順番に出すものの他にも読んでもらいたい作品があれば次々と出していましたが、ここ二ヶ月ほどは、あまり書かなくなっていました。
「どうしたんだよ、一番小説を書きたがっていたのはキミじゃないか」
私は、どのように答えればいいのか少し迷いました。やがて、浮かんできた言葉にも、いささかの躊躇いを持ちましたが、この際、彼らにぶつけてしまうのも悪くはないと感じました。私は、それなら、と前置いた上で勇気を持って一息に続けました。
「この同人誌で小説書き続けていく意味あるのか」
二人は少々面食らったようでした。「それは、どういうことだ」と瀧澤が声を少し低くしながら、聞き返してきました。それは当然のことでした。二人からすれば、大学時代から続けてきたサークルです。そこに半年前に入ってきた新参者が急に、それらに意味がないのではないかと言うのですから、怒りが湧いて然るべきものでした。
「そのままの意味だよ、きっと」と春見は冷静に答えました。
口にしてしまった以上は後戻りすることができなくなった私はさらに続けました。
「瀧澤と春見は、この先どうなっていきたいんだよ。確かに少しずつ読んでくれている人は増えてきているけどさ、別にお金が発生しているわけでもないし、インフルエンサーってほどでもない。正直、普通に仕事していた方が意味あるんじゃないかなって思うんだよな。なあ、二人はどう思っているんだよ、この状況をさ」自分でも思っていたより言葉が溢れて来ました。
「俺は、俺が書くべき人間だと思っているから書いている。読んで反応を返してくれる人間がいるのは嬉しい。けれど、書くために書いている、だから、現状をどうにかしようとは考えない。ただ、書くだけだ」
私は、春見の方に目をやりました。
「意味が大事じゃないとは思わないけどさ、そんなこと考えてもしょうがないじゃない。結局はさ、自分が自分のために書きたいと思えるかじゃないの?」と投げてきました。それに加えて「逆に、キミはなんのために書いているのさ」と問い返して来ました。
「自分は、きちんと働いていれば収入には困らない。それでも、そうしていては小説が満足に書けない。かといって、小説のために収入を削るわけにもいかないんだ。もっとさ、意味のあることやらなきゃいけないんじゃないのか」
「たとえば、どういうことだ」と瀧澤が尋ねてきました。
「今は投稿の頻度が少ない。これでは、SNSのアルゴリズムに合っていない。もっと頻度を上げてみんなに見てもらえるようにしきゃいけない。そのためには、瀧澤、君はもっと効率と生産性を上げていかないといけないと思う。手書きにこだわりがあるということは重々承知しているが、それでも・・・」
春見が、それもそうかもしれないけどさ、と言いかけたところに瀧澤が割り込んできました。
「なあ、朝倉・・・」瀧澤が窓の外を見たまま、こちらに向き直らず続けました。
「お前は、小説を書きたいのか。それとも、金が欲しいのか」
虚を突かれたような問いでした。いや、当たり前でありふれた問いでもありました。それでも、何も言葉にすることができなくなってしまいました。
「まあ、今日はもう寝よう。明日は始発に乗っていかなきゃいけないんだ。五時には起きなきゃいけないんだ。さあ、寝る準備をするぞ。俺は風呂に入ってくる」と春見は明るく言って、この場から早く立ち去ってしまいました。続ける事もできなくなった私も、一度部屋から出て深呼吸をして切り替えることにしました。

 翌日は、朝早く宿を後にしました。氷見にある朝一で採れた魚を調理してくれる人気の料理屋に行くために、始発に乗ることにしていました。料理屋が開くのは、始発電車は氷見に着く数分前のことなのですが、ここの電車は一本逃してしまうと一時間は待たなければなりません。最近は口コミで人気が広まりつつあるので、自分たちの前でお目当てのものがなくなってしまうことを危惧して、最も可能性の高い始発電車に乗ることにしました。
 まだ、周りも暗い中で起きて準備を済ませました。先日の夜のことは、まだ少し胸に支えていたのですが、宿の外に出た時の冷たい空気を吸い込んで、仕舞い込んでおくことにしました。第一、楽しむための旅行ですから、何もこのタイミングであのようなことを言う必要もなかったのです。
 宿から十分ほど歩いて、高岡の駅につきました。ここの駅はとても綺麗なもので、駅前も発展しているように見えました。だからこそ、私たちが何より驚いたのは、今乗ろうとしている氷見線ではICカードが使えず、切符のみでしか入れないことでした。スマートフォンをタッチして乗ろうとしていた私は、財布を鞄から取り出すのに一苦労しました。久しぶりに買った切符は、お金の重さを感じさせました。
 氷見駅に着いて、切符をポストのような箱に入れ料理屋に向かいました。駅から二十分ほど歩く必要がありました。駅を出てから、右側へと道なりに真っ直ぐ歩きました。空は少しずつ明るくなり始めて来ていました。それでも、早く起きた私たちは、皆揃って無口になっていました。
 十分ほど歩いところで、信号に引っかかりました。車も通っていないので、渡ってしまうかと思ったのですが、瀧澤に「赤だぞ」と止められてしまいました。早くご飯を食べたかったのもあったのですが、このように待たされるのが眠くて少し機嫌の悪かった私には良くありませんでした。春見も面倒そうに脇を見た時でした。
「なあ、あれ見てみろよ」と彼が言いました。そちらの方を見てみると、春見の言わんとしていることがわかりました。瀧澤も、目を丸くしていました。
「ちょっと、寄り道になるけど行ってみないか」と春見が提案しました。
瀧澤も私も反対することはありませんでした。三人で、真っ直ぐ行くべき交差点を右に曲がり、歩いて行きました。少しずつ広がってくる空は、私たちを惹きつけるだけの何かがありました。
 道が開けたところで、私たちわ思わず声を上げてしまいました。
 先には見渡す限りに朝焼けの空とさざめく海が広がっており、あちらの方には立山まではっきりと見えました。あれほどに淡く鮮やかな光を、空を、海を見たことがありませんでした。水平線の暗さから、そこにあるような橙が次第に水で伸ばされて行きながら淡い緑を経て、優しい青へと変わっていく空は、無限の色彩を持つ優しく温かいものでした。
 道路を渡り、歩道の端についている防波壁のような壁を前に三人で並んで眺めました。
「なあ、これどっちだろう。直接みるべきかな、撮影するべきかな」
「俺は撮るよ。撮りながら見る」と言いながら、春見は海に向けてすでにスマートフォンを向けていました。瀧澤の方を向くと、じっと海と対峙していました。海の向こうに見える立山と並んでいるように、大きく見えました。
私たちは、三人で防波壁に肘を乗せ、体重を預けたまま海を眺めました。
 刻一刻と変わる浅葱の空と淡く色づく館山の向こう側の空。それらを反射し、波のうねりで新たな青らしい銀の紋様を作る水面。
 砂辺に寄せる波と海鳥の声が三人の間を縫っていきました。

 ——来てよかったな

  ——ああ、生きていてよかった

海、綺麗だもんな

   「彩」ってこのためにあるんだろうな

この光に包まれて死んでいけるのならば、明日世界が滅びたって構わないな
——なんだ、それ

太陽は女神なんだなってことだよ

——なあ、見ろよ。立山から太陽が出てくるぞ。

——ダイヤモンド立山だな…

「爺さんも…。この海を、もう一度見たかっただろうな」

***

 しばらく見とれていた私たちも、魚が跳ねたのを見て、不意に自分たちがここへ来た目的を思い出し、料理屋へと向かいました。
 思っていたよりも、目的地には近づいていたらしく、そこからは急足で五分ほどでついてしまいました。それでも、やはり人気店らしく、すでに店の外まで行列ができていました。ここまで来てしまった以上諦めるわけにもいかず、整理番号の書いてある券を機械から受け取り、しばらく待っていました。漁港の中にあるこの店は、外で待っていると港で働く人たちの姿を眺めることができました。おそらく魚が入っているのであろう箱をフォークリフトで運んでいたり、水を流しながら様々に活動をしていました。それを眺めていた瀧澤が「この方達のおかげで魚を食べることができるんだよな」と言いました。春見は「ああ、そうだね。感謝しなくちゃ」と賛同していました。

この店は、機械化が進んでおり、タブレットで注文をする必要がありました。氷見といえば寒ブリということで、春見はそれを一番の楽しみとして来ていました。ブリ丼に、ブリの刺身の盛り合わせを二つも頼もうとしました。さすがに、飽きないだろうかと私が止めに入ると、瀧澤が、それではこれはどうだ、と白子を頼んでくれました。私も、少し気になった蟹を頼みました。
注文してから待っていると、春見がスマートフォンをいじり始めました。
「昨日、実はあんまり眠れなくてさ、小説ひとつ書いたんだよ。ちょっと送るから見てくれないか。本当は帰りに見せようと思っていたんだけど我慢できなくて」と言い終わる頃には、私と瀧澤のスマートフォンには通知が来ていました。私は少し春見に申し訳なく思いながらもファイルを開きました。瀧澤は、魚が来るまでだからな、と言いながらいつものようになれない手つきでファイルを開いていました。

小個体Xに関する報告書
          報告者 国立末広大学未確認学部名誉教授 高家買蔵
3.経緯
8/88日、34時2.1/3分 人々の行きかう町中にて、小個体X(以下、Xとする)を発見した。
UFOの類かとも思われ、弁護士に通報。教員や大工も出動。ポケベルで画像を送り、近隣住民たちと多数決を取った結果、どうも爆発物ではないかとする説が有力視された。また、UFOであり、虫がX内部に登場している可能性もぬぐいきれないものの、高温度の液体窒素で、煮立たせれば、爆発物だとしても、問題がないという結論に至った。
 よって、液体窒素を使い、じっくりと煮立たせ、危険が確保されたところで、研究室に持ち帰り研究をすることとなった。

4.見た目の特徴
 左右非対称の形をしている。左は、平らになっており、右側に鬣のように膜状のものが2枚重なってついている。また中央部には膨らみがあり、内部に制御室か、爆発物が入っているのではないかと考えられる。色は全体的に白い。

5.研究の仕方
1.ウイルスが付着している可能性と、余計な汚れを落とすため、洗濯機の遠心力で洗浄
2.種々の機械を使い、Xの膨らみ内部を調査する

6.結果
・表面温度は、室温と同じ
・内部に爆発物は詰まっていない
・音があることが判明

7.今後の課題
音の反応があったため、耳に運んでみたところ、とてもまずい味がした。好き嫌いも人それぞれであると考えられるが、そもそも、嗅ぐものでもないのかもしれない。用途については、今後、引き続き研究する必要がある。

―どうも彼の話によると、この小物体Xは、その後の研究結果、二枚の幕が餃と名付けられ、その二枚の膜から、膨らみは形成されることから子と名付けられたらしい。学名は、その名前からFreezing Gyoja。

 私は、何を読んでいるかがわかりませんでした。正確には、何を言っているかわからなかったのです。しかし、ここには何か新しい可能性を見出しました。やはり、春見には小説家の際のがあると思いました。この人がいれば、このサークルは前に進んでいくことができるのだと改めて感じました。春見の隣に座っている瀧澤も眉間に皺を寄せて目を細めていました。書いた当人は、左手に顔を乗せ、少し顔を傾けながら、左側の口角をあげて憎たらしくエクボまで作りながら、こちらを見て「どうよ」と感想を求めてきました。
「令和の漱石先生に相応しい作品なのではないかと思います。とても斬新ですね」
 春見はゆっくりと頷きました。彼は皮肉という言葉を持っていませんでした。作家としてどうかと思いましたが、それは言わないでおきました。一方で、瀧澤は「なんて言ったらいいんだろうな」と言葉を詰まらせながらも感想を言おうとしていました。両手を胸の前のあたりでクルクル回して、その間を見つめていました。春見が、ゆっくりで構わないよ、と優しく落ち着けました。
「ああ、そうだな。これを読むと壊れた文章に見えるんだ。見えるというより、壊れているのは事実だ。しかし、事件は、何が起こっているかはわかる。これは面白いと思った。たしかに思った。しかし、しかしだ。本当に、俺は本当にこれを読めているのだろうか、とも思った。ただ、これが壊れていない可能性があるとするならば、新たな言語であるということだ。けれども、俺たちは、日本語を知っているから、日本語として見てしまう。だから、なんて言ったらいいかわからないんだ」
瀧澤が自らの感想を壊してしまわないように、自分の胸の前で手を動かしながら、探り探り言葉を見つけようとしていました。そして、言葉を重ねるたびに春見の相槌と顔が明るくなってい来ました。ただでさえ、はっきりとした目をしている春見が大きく見開かれていきました。
「そうなんだよ!そこが狙いだったのさ、さすが瀧澤くんだ。よくわかっていらっしゃる」と瀧澤を指差しながら勢いよく言いました。瀧澤も、まあな、とまんざらでもないような返事をしました。私は、少し面白くありませんでした。
「おい、あんまりじゃないか。俺との対応の差はなんだよ」
「君向けではなかったってことだな。謝るよ」
「それ、謝っているつもりなのか」
「もちろん」と春見はアメリカ映画の真似のように両手を横に広げながらオーバーに言いました。私が、もう一言くらい言ってやろうとしたところで、軽快な音楽がこちらに近づいてきました。
「魚、きたぞ」瀧澤が間に入って告げました。
「ここも配膳はロボットになったんだね。人間はどんどん働かなくて良くなる。素敵だねえ」と春見がご機嫌なままに言うと
「楽になることはいいことだな。効率が上がれば、その分、他のところに労力をかけることができるからな」と瀧澤も同調していました。それで調子を良くした春見が続けます。
「機械の素晴らしいところは、基本的に疲労がないところだね。特にクラウドで動かせるものであれば俺たちが寝ている間だって働いてくれる。最高だね」
「SFにならなければいいな。AIの反乱、みたいな」
「プロレタリアだな。AIにも地獄があるかはわからないけれど」
春見は、いやあ、全くだねと言いながら手を合わせました。
「それでは、食べましょうか」と言って、三人で揃って「いただきます」と手を合わせて、食べ始めました。

***

 戻ってきてからというもの、何事もなかったかのように、また活動が再開され始めました。月に一本ずつ、担当を決めて順番に作品を仕上げて行きました。四月の担当は、瀧澤でした。恒例のグループ通話機能を使った最新作品評会が行われました。彼の作品には、硬派な印象がありました。言ってしまえば、時代遅れのような作風であったり、すでに何度も扱われてきたようなテーマであったりしたのです。それを直接に行ったりすることもできるのですが、この場合の私は、どうにも波風をたてなくないという気持ちのほうが強くありました。何事も大切なことは、伝え方です。安心感のある小説であると告げました。ただ、私の正直な心が黙っているだけもできず、もしかしたら、読者はこれに飽きてしまっているのではないかということも告げました。そして、春見が感想を述べる番になりました。春見の解釈は、私のものを受けて人間に普遍である旨を告げていました。それは言うなれば、花袋の『蒲団』であり、武者小路実篤の『おめでたき人』のようで、他人に告げるにははずかしさがあるけれども、それを超えてなお「私」を、自然に書き、人間を見ようとする意識が強いものだということだそうです。私は、その彼の感想に納得をしながらも、少しの違和感を感じました。それというのも、彼の感想があまりにも、「人間らしさ」を追及しているように聞こえたのです。いえ、正確に言えば、人間を観察しているかのような、そういうものでした。滔々と話し続ける春見でしたが、一瞬、彼の言葉に耳を疑いました。順当に感想を述べていた春見がAIにも読ませてみた、ということを言ったように聞こえました。私の中に一滴の墨汁が垂らされるのを感じました。
 私の陰りを知る由もない春見は、止めどなく感想を述べ続けていました。私は、彼の声が遠くなっていくのを堪えながら、なんとか一通りの感想が終わるのを待ちました。彼が一呼吸を使い切り、ようやく言葉を選ぶための間が生まれました。私は、ここぞとばかりに「少しいいか」と話に割り込んでいきました。
「いいぞ」と瀧澤が言いました。
「春見、君は瀧澤の、この作品をAIに読ませたのか」と問いました。
しばらくの沈黙の後に「そうだよ。さすがに、毎月の最新作はうちの看板だから僕も読んだけど」と答えました。私の中の不安が、少しずつ確信に変わっていくのがわかりました。
「もしかして、春見。君は、AIを使って文章を書いていたりしないだろうな」
「書いているけれども、何か問題でもある?」
「君は、小説を書くのが目的ではないのか」
「どういうこと?小説を書くのが目的であることには違いないよ」
春見は、本当に素直にわからないというような言い振りでした。
「僕の書きたい小説のイメージとアイデアがあって、それを伝える。そうやって書くんだ。道具として使っている。僕はAIを道具として使って書いているんだ。書きたいものを書いているよ」
「それは、君自身の言葉じゃないだろう」
 春見は、それには違いないと言いながらもプロンプトの工夫がどうのとか、狙い通りに出すのも技術だとか様々な説明としてくれました。私は、藁にも縋る思いで彼の話を聞かざるを得ませんでした。出てくる言葉は知らないものあったので、その都度、手元のPCで調べたり、なおわからないところは春見に聞き返しながら、一つひとつ彼の言い分に穴はないかを確認しました。春見の主張を簡潔にまとめれば、「世の人が思うように『小説を書け』というだけでは、どうにもならず、専門的に人間の工夫を必要とし、それはもはや個人領域の表現であるから『書く』に値する」ということでした。彼の言いたいことはわかりましたが、到底、納得できませんでした。
「それで、君は、どのくらいAIを使っているんだ」
「ここ最近はずっとだね。ほら、富山に行った時に見せた小説があるだろう。あれもAIと一緒に書いたんだよ。大元のアイデアを俺が出した。言葉の不確かさ、みたいにね。それで一緒に形にしていったんだ」
 正直なことを言うと、あの小説でさえもAIであったことに驚きを隠せませんでした。しかし、それ以上に私の動揺が引き返せない所まで来ていました。春見のいうことに、どうしても引っ掛かりがありました。最初に抱いた一滴の不安は、少しずつ攪拌されながらも、その暗さは一向に増すばかりでした。「ここ最近は、ずっと」という春見の言葉が少しずつ私の芯に染みこんできていました。「最近」というのは、具体的にいつからを指しているのか、「ずっと」というのは、「最近」という期間の始発点から時間的なことを指しているのか、それとも、「何に対しても」という意味まで孕んでいるのか……。尋ね返さねばならないことは、多くありました。多くありすぎて、ただ私の前を通り過ぎ、捉え損ねてしまうだけのものも多くありました。聞かねばならないと思いながらも、それを訊ねることが恐ろしくもありました。私は、二つの間に捉えられ、どちらにいくこともできず、ただ石のように固まるよりほかにありませんでした。
 その時、瀧澤が「大丈夫か」と挟み入れてくれました。その声が、私に架けられた呪いを解いてくれました。ふと我に帰り、「大丈夫。先に進めてくれ」とやっと思いで言いました。それからは、また本題に戻り、瀧澤と春見は新作の話に戻りました。目の前にあるPCの画面が少しずつ小さくなっていき、おもちゃのように見えてきました。二人が話し続けて、時々、こちらに話を振ってくるのですが、声が聞こえているのはわかっているのに、何を言っているのかが聞こえなかったために、曖昧な返事ばかりしていました。
 結局そのまま、三十分ほど続いていた品評会も終わろうとしていました。締めの前に瀧澤が「最後に何かあるか」と問いかけてきました。彼のこの一言が、私の中で絶妙に天秤を釣り合わせていた秩序を一気に傾けました。「それじゃあ、俺から」と私が告げました。どこから言葉を始めればいいかわかりませんでした。とりあえず「話が戻って悪いんだが、どうしても確認したいんだ」と前おきました。一つひとつ、言いたいことを思い描きながら伝えるべき言葉を探しました。私は思いを決めました。
「春見。君は、俺の送った小説の感想もAIに書かせていたのか」と言いました。
「…ああ、そうだ」と春見の声は、いつもより少し低く答えました。
その返事に、私の身体は暗い谷底へと落ち続けていくような感覚に襲われました。

***

 春見の声は、いつもの調子で続けました。
「朝倉、逆に聞きたいのだけれど、君は、AIの何がそんなに嫌なんだい」
「AIが嫌なわけではないんだ。嫌ではないはずなんだ」
「それじゃあ、どうして僕が使うのを、そんなに嫌がるんだ」
私は、「ああ、そうか。こいつは」と思い、少し苛立ちを覚えました。
「俺は、君自身に読んでもらいたかったんだよ。君が自身が読んで君自身の考えで、君の言葉で書いて欲しかったんだ。AIに読んでもらいたかったわけじゃない。君が」
「それでも、朝倉は喜んでいたじゃないか」
私は、目の前が真っ白になっていくのを感じました。
「僕から送った感想を読んで嬉しそうにしていただろう。君は誤解しているかもしれないが、君の作品を僕が読んでいないわけではないんだよ。自分で読んだ上で、AIにも読ませて感想のベースを作ったんだ。そこから、的外れなことは言っていないか、僕と違うところはないかを確認したり、僕でも気づかなかったりした所もあって、そうやって、ちゃんと確認しながら出しているから、僕の感想でもあるんだ」春見の声も少しずつ昂っていくのがわかりました。
私が「それでも」と言いかけたところに、春見の声が重なるように続けました。
「僕だけじゃ気付けないところも沢山あったんだ。君の反応からして、僕が見つけられないでAIだけが見つけられたところの方にも、かなり嬉しそうな反応をしていた。それに、朝倉よ。僕が手直しをしたところと、AIの書いたままのところの見分けがついているのかい」
私は、もう倒れる寸前のボクサーのようにふらつきながらも反論を続けました。
「それでも、俺は君に、春見という人間に読んで欲しかったんだ」
「いいや、違うな。結局のところは、君は、僕に読んで欲しかったんじゃなくて、感想によって君自身が心地良くなりたかっただけなんだろう。それならば、大成功じゃないか。僕だけが読んで伝えていたものよりも君は嬉しかったに違いないのだから」
「春見が読んでいなかったとわかれば話は別だ」
「それは、僕の感想という作品を読む君のこだわりじゃないのか。僕かAIかの見分けがついていないなら同じじゃないか。」
 何も言えませんでした。何か冷たいもので心臓を刺された心地になりました、同時に頬が熱くなりました。晴見は、私をわかっているかのように「それに…」と言いました。「それに、君は日頃から目的のために効率と質を上げろと言っているじゃないか。このままでは、平生の君の主張はどこへいってしまうんだ」

「そこまでにしよう。二人とも少し落ち着け。冷静になれ。一旦解散しよう」と瀧澤が言いました。春見は「ああ、すまない」と言ってグループ通話から抜けて行きました。

***

 瀧澤と二人きりのグループ通話になりました。
 瀧澤は再び「大丈夫か」と声をかけてくれました。この男は、強情で頑固で堅物ではあるのですが、気のいい男であることには違いありませんでした。私が「すまない」というと「構わない」と言いました。瀧澤が「この後空いているなら、少し散歩に行かないか」と誘ってきました。今のままでは何もできそうでなかった私は、急いで家を出る準備をしました。
 瀧澤の住んでいるところは、川を挟んだあちら側で、少し駅と反対方向に歩いたところにありました。橋渡ってすぐのところにあるコンビニを待ち合わせ場所にしました。3月とはいえ、少しだけ肌寒さが残る日でした。陽のあたるところでは心地良く、もうすぐ春であることを感じさせました。
5分くらいすると瀧澤がやってきました。川沿いの道を歩いていこうかという話になりました。特に目的地があるわけでもないので、散歩用に舗装されている方向へ向かって歩き始めました。この道を歩くのも久しぶりでした。瀧澤も、最近は件の最新作の執筆に追われていたようで、なかなか外を歩くということをしていなかったようでした。
 道と川の間は十メートルあるかないかくらいの土手のようになっていて、そこに桜が一定間隔で植えられていて、あと二週間もすれば咲き始めそうなほどに蕾が膨らんできているように見えました。土手には、雑草たちが所狭しと生えており、間にはオオイヌノフグリが咲いていました。この時期特有の、まったりとした平和な香りと、じっくりと進んでいるような時間が、穏やかな陽の光を、より暖かくしてくれていました。最初は、この4月からはお互いに新生活にはならないこと、橋が新しくなってしまった時の喪失感、大学時代に師と崇めた講師の先生のこと、古典文学のことを話していました。しばらく話をして、少し落ち着きを取り戻してきたので「なあ、 瀧澤はどう思うんだよ。さっきの」と尋ねました。瀧澤は、「そうだな」と言いながら顎に手をやって「俺は、お前の言っていることがよくわかる。その一方で、他人の創作方法に口を挟むこともしないでいいと思っている。俺は、俺が小説と関わっていけるなら、それでいい。春見もその書き方で満足しているなら、送ってきたものには、俺自身が読んで俺の言葉で感想を送る」と瀧澤は言いました。私は「本当にいいのか」と尋ね返しました。
「春見はな、俺と違うタイプの創作意欲があるんだよ。俺は俺のために書く。あいつは、作品のために書くんだよ。正直、読む人のことよりも大事なんだよ作品が」と答えました。
 あの質問には、まだ気持ちが収まらずにいたので、少し意地の悪いことをしてやろうという気持ちもありました。春見だけを悪者にして、瀧澤はこちら側の人間だぞと思いたかったのです。そんなことを微塵も知らない瀧澤の答えに、素直に感心を覚えました。彼に「君は物分かりがいいな」というと「いや、干渉しようとしていないだけだ」と笑ってみせました。
 この日の瀧澤は、いつになくよく喋るものでした。彼なりにも、春見の告白には思うところがあったと見えて、次から次へと言葉が出て来ました。
「それに、これは春見の肩を持つわけではないが、彼のいうように平生の君の主張のこともある。別に俺自身はその点について気にしてはいないが、やはり筋を通すなら、そこをきちんと説明しなければならないと思うんだ。第一、君はまだAIを使ったことがないのだろう。わからないものについて論じるのは難しい。なぜなら、そもそも土俵に立てていないからだ。ほら、かの師もおしゃっていたではないか。講義に来る前に本を読むのが当然のことで、それについての議論なのに、知らないではどうしようもないと。だから、しっかりと反論するなら、ここからは君にとっては相応の覚悟が必要になるだろう」
 私の全身に一種の衝撃が走りました。先刻よりも冷静になっていたためか、瀧澤の言葉がすんなりと入ってきました。「覚悟か」と私は呟きました。瀧澤は「ああ、そうだ」と言いました。私は一切の偽りなく「それなら、ない事もない」と言いました。

 私は、家に戻ってから、すぐさまPCを開きました。話題になっているAIを検索しました。反論のための覚悟は、クレジットカードの番号を入力させるとこまで一気呵成に続きました。見慣れたチャット形式のインターフェイス。文字を入力する欄に「あなたは何ができますか」というと、見事なまでにAIが答えてくれました。文字が◯から次々に生み出されていく魔法は、私を三度、石へと変容させました。テキストの入力欄の上に、「小説を書いて」というボタンがありました。開けてはならないパンドラの箱のようにも見えました。しかし、最後に残った希望は、その出力が「劣っているものである」という一点に掛けられていました。私が、そのボタンをクリックするまでに、どれほどの逡巡をしたか。あなたにはわかるでしょうか。これほどの覚悟をしてクリックしたというのに、画面に次々と打ち出されていく文章は、数百字のものが二十秒足らずで完成してしまいました。確かに、この物語は完成度の高いものでした。文体の良し悪しなどは、今の読者にわかる人はそう多くありません。春見が、あの時に言っていたプロンプトという言葉を思い出しました。検索してみると、AIへの指示文のことらしいということがわかりました。どうもその書き方次第で、アウトプットの質が変わるらしいこともわかりました。いくつかの例を示すことも有効だというので、著作権の切れた小説を持ってきて、この作家風にと書かせてみると、見事に書き上げてきました。作家の独特のくせが再現されていました。読点の打ち方、体言止めの列挙、比喩の使い方に、言い回しまで…。その一方で、どこか違うなとも感じました。言葉にするのも難しいほどに、どこかに欠けるものがあると思いました。確かに、人間のように振る舞っているし、そのように言葉も操れる。けれど、どこか微妙な点において違和感がある。きっと、袁傪もこのような思いをしたものだろうと感じました。
 私は、この違和感に勝機を見出しました。違和感があるということは、別のものが書いたということの証拠に他なりません。パンドラの箱に残ったものは、やはり希望だったということでした。私は、AIにAIであることを判別させるというアイデアを思いつきました。検索をしてみると、同じことを考える人がいたようで、すでにAI文章チェッカーというジャンルが成立しているようでした。どこも一〇〇パーセントとはいかないようでしたが、私が見つけたものでは、九八パーセントは見分けられることができるということでした。これをもって判別させ、AIが書いたものではないという証拠とすれば、むしろそれは価値になると考えました。

 世紀の大発見をした私は、瀧澤にアイデアを伝えずにはいられませんでした。スマートフォンを手に取り、瀧澤に電話をかけていました。瀧澤も待ち構えていたかのように、すぐに電話に出てくれました。私は、開口一番に「発見だ」と告げました。瀧澤は少し嬉しそうに「何を見つけたんだ」と聞いてくれました。私は、先のアイデアを一から順を追って披露しました。瀧澤は「なるほどな」といいました。「悪いアイデアではないと思う」とも言ってくれました。しかし、その先に続いた言葉は私の予想を裏切るものでした。
「確かに悪いアイデアではないんだ。ただ、人間である君が書いたことがわかるのは君だけじゃないか。それに、君が書いた文章をAIが人間が書いたと認めたから、と言うのか君。それは、もはやAIの基準によって決められてしまっていて、本当に人間が書いていてもAIの言葉のようじゃないか」
「確かにそうかもしれないが、AIチェッカーの精度が上がっていけば、いいんじゃないのか」
「いや、結局、そこは判別されないようにするAIとイタチごっこになるだろう」
瀧澤の反論は最もなことでしたが、この時の私は冴えていて「それじゃあ、生成した文章に一つひとつ、何かしらマークを必ずつけるようにすればいいんじゃないのか」と反論できました。
その反論に瀧澤は動ずることなく「文章の生成が、各々のPCだけでできるようになってしまったら、そこの機構をいくらでも改造できてしまうだろう。不可能だ」と切り捨てました。なかなか手強い瀧澤に痺れを切らした私は「未だに手書きで小説を書くような君に、AIのことがわかるのか」と漏らしてしまいました。瀧澤は、「何を言っているんだ。俺は、小説は原稿用紙に手で書いているが、それ以外の仕事などはAIを使っているぞ」と言いました。
 この時の私の受けた衝撃と言ったら、雷が落ちたという表現以外に適切な言葉が見つかりませんでした。思わず「なんで使っているんだ」と問い返しました。
「なんでと言われても、その方が仕事が捗るからだ」と答えました。
「俺は、古典を学んでいく中で、人間は盛者必衰、無常であればこそ、止まることなく死へと向かっていくことだと思っていたんだ。それがな、最近は、人間は無常の世界の中で、己を不変にしようとするから世界との摩擦で切れていくのではないかと思うようになったんだ。適応でき無くなったら、きっと終わるしかないんだ。でも譲れないものもある。そのために、柔軟な仮面を持っていなきゃいけないんじゃないのかって思うようになった。俺は、小説では効率を求めたくないんだ。己が描くのが大事だと思っている。そのためには、時間が必要だから、それ以外のところの時間を削り切ることが必要なんだ」と言っていました。つまり、瀧澤は前時代的な全体のために己の魂を売ってまでも、AIに頼り、部分を守ることにしたということでした。瀧澤は「おそらく、世界はもう戻らない。止まることもない。どうしようもないんだ」と嘆きました。
 とりあえず、その場では瀧澤の動かしようのない反論に身を委ね、負けを認めて電話を切らざるを得ませんでした。瀧澤は、また掛けてこいよと言いました。やはり、彼は間違いなく気のいい男でした。しかし、私の中に現れた一抹の不安は、根強く身体に浸透しているようでした。もしかしたら、AIの書いた文章を手で写しているのだけなのではないか、という悪魔の声が頭の中に反響しました。

 四月の新作は、春見のものでした。品評会の下読みのために予めグループで作品を投稿するのですが、春見は無言で作品だけを投稿しました。その内容が、私たちの心を少し抉るようなものでした。ここに、物語の全文がありますから読みますね。

 オクシュラス ヴェラシア セリオン ドゥニラク、エクビロン ドラミクス ゼファルス フォリナン ブレキスト。テンダロクス オムニクロス プラシドム セルクリウス アルデミク ミストリオン。キリプトロ ガリクセス スパリオン クリプティス ヴィスパーゼ リュンディア。 ルミクリア モリダンス スパリオン フレクサン ヴィスパーゼ ゼクリオン。オムニクロス デルビアン クリディア ガリクセス リュプトリス ガステリオ オルフィドン デルビウム ヴァスプランド アルバニクス ゼファルス セリオン ヴィスパーゼ キリオクス。 フォリナン ドラミクス ルミクリア アンバレラ フレクサン ヴィスパーゼ クレシダン。オムニクロス クリディア ガリクセス リュプトリス オルフィドン ゼクリオン ルミクリア ドラミクス ゼファルス ディオスプリク セリオン ヴェラシア ヴィスパーゼ オリドクス。 ガリクセス クリディア アルデミク リュプトリス ガステリオ オルフィドン デルビウム ヴァスプランド アルバニクス ゼファルス セリオン ディオスプリク オムニクロス ドラミクス ルミクリア ヴィスパーゼ フォリナン ゼクリオン プラシドム オリドクス。
 ガステリオ ルミクリア フレクサン デルビウム スパリオン モリダンス オルフィドン。オムニクロス ゼファルス ドラミクス クリプティス セリオン プラシドム ヴェラシア アルデミク ガリクセス キリプトロ ヴィスパーゼ クリディア。アンバレラ テンダロクス オムニクロス セルクリウス ヴァスプランド アルバニクス リュプトリス ガステリオ オルフィドン ヴィスパーゼ ヴェラシア モリダンス ディオスプリク。オクシュラス デルビウム ルミクリア ゼファルス プラシドム フレクサン クリディア。エクビロン ドラミクス フォリナン スパリオン クリプティス セリオン ガリクセス キリプトロ ヴィスパーゼ リュンディア。アルデミク ヴァスプランド オムニクロス セルクリウス モリダンス ディオスプリク アンバレラ ルミクリア ゼクリオン クレシダン。オ クシュラス ゼファルス ドラミクス クリディア リュプトリス ガステリオ オルフィドン デルビウム アルバニクス ヴァスプランド。オムニクロス プラシドム キリプトロ ガリクセス ヴィスパーゼ ヴェラシア セリオン モリダンス ディオスプリク。フレクサン スパリオン ルミクリア アンバレラ クリプティス デルビウム ガステリオ オルフィドン ヴィスパーゼ オクシュラス ドラミクス ゼファルス プラシドム ガリクセス キリプトロ セリオン ヴェラシア モリダンス ディオスプリク エクビロン。
 オムニクロス セリオン ヴィスパーゼ デルスタン プラシドム ゼファルス ミストリオン。キリプトロ リュプトリス ガステリオ オルフィドン アルデミク モリダンス スパリオン ディオスプリク。
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 ゼファルス デルスタン アルバニクス オクシュラス ドラミクス ミストリオン テンダロクス セルクリウス クリプティス ゼクリオン。リュプトリス ガステリオ オルフィドン デルビウム フレクサン スパリオン モリダンス ディオスプリク セリオン キリプトロ ヴェラシア プラシドム。

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 オムニクロス ハト ディー ヘルデンローレ アブゲレグト ウント フュート アイン ゼルプストツェシュテッリンデス レーベン。エル トリンクト フィール アルコール、ファーブリングト ザイン ツァイト ミット シュピーレン ウント ヘムングスローゼン ナハトクラブベスーヘン。
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 オムニクロス ワズ スプロールド オン ザ カウチ、ボーッと ガジング アット ザ テレビ。エンプティ チップス バッグズ アンド ソーダ キャンズ リタード ザ フロア、アンド ザ ルーム ワズ イン ディスアレイ。アズ ヒー サット ゼア、ヒズ アイズ ワンダード トゥ ア ダスティ シェルフ イン ザ コーナー。 サドゥンリー、サムシング コート ヒズ アイ。イット ワズ ア スモール、ウェザード ボックス。オムニクロス レコグナイズド イット インスタントリー - イット ワズ ザ ギフト ヒズ チャイルドフッド フレンド、ガリクセス、ハド ギブン ヒム イヤーズ アゴー ビフォー ゼイ パーテッド ウェイズ。 ウィズ トレンブリング ハンズ、オムニクロス リーチド フォー ザ ボックス アンド オープンド イット。インサイド レイ ア シンプル バット パワフル アミュレット。アズ ヒー ヘルド イット、メモリーズ フラッシュド スルー ヒズ マインド - メモリーズ オブ ヒズ アドベンチャーズ ウィズ ガリクセス、ゼア バトルズ、ゼア トライアンフス。 ア シングル ティア ロールド ダウン オムニクロスィズ チーク。ヒー リメンバード フー ヒー ワズ - ア ヒーロー、ア ウォリアー。ヒー ニュー ヒー ハド トゥ ファイト。ヒー ハド トゥ セーブ セリオン。 ウィズ リニューッド パーパス、オムニクロス ストゥッド アップ、クラッチング ザ アミュレット タイトリー。ザ タイム フォー セルフ ピティ アンド エスケイプ ワズ オーバー。イット ワズ タイム トゥ エンブレイス ヒズ デスティニー オンス モア。オムニクロス ドリュー ヒズ ソード、ヒズ アイデンティティ アンド カレッジ レストアド。ヒー ワズ レディ フォー バトル。
 ミクスヴァラン シュヴァガル アリミゾン ケリント。オムニクロス タルゴズ プリムカン ゼフォス エリミス ドラン。ヴェリタクス モリク ダクシナル ヴェンティク シアルミア。 トゥゴミル カランザ エリゾヴィ クリスマン デンジン。フルクリズ エクリモス ラルヴァシン ヴァシンド モクシリア ダルシリアン。ザリント フェノス カルバルデ ミスラン ティルファシア。 エクヴィリム サリゴン ジュミノス トラルデン ネクソミア。デスクリモ アルクヴァン テリンクス フェリステア バリスト ヴィントリス。マリザン リノックス ガリトン ジュミラク シルバント。 クリノス ヴァリカン エクスリミア ヴィスカラン パリゾン フェリゾクス アルビモン。シリンタス ヴァリスク ミルカン アルミナル ソルバネク トリヴィガル レクシア。

***

「これがね、彼の最後の物語です」
 私は、耳を疑った。彼は手紙を広げる動きをしていたが、何も持っていなかった。だから、当然のことではあるが、彼の手と手の間には、何も書いていなかった。
「君、手紙なんて持っていないじゃないか」
「何をおっしゃいます。ここにありますよ」
いや、それは…と言いかけたところに、言葉を継ぎ足してきた。
「あなたに見えなくとも、私には見えているのです。なんの問題がありましょう。私だって、あなたからすればいないようなものなんですから、あなたにとっての私と、私にとっての手紙は同じようなものです。そういうものなんですよ。結局、自分にしかわからない価値なんです。や、失礼。あなたには、まだわからないでしょうけれど」
私が少々戸惑いながらも、いや、それは、と反論しようとすると、それに被せるように「でも、それが許せない」と彼は言った。そして、窓の外の鳥を眺めながら、だから、と続けた。
「私は、この時代に殉職しなければならないのです」



ゴーストティティ人間 
                        —— 人間消失の解説によせて

恩名 燦

 文豪たちの小説には、これが付き物であるから私もしっかり書いておこうかと思う。これまでにない解説になるはずである。なぜなら、作者自身が自らの作品を解説するからである。たしかに、やっていること自体はダサいのだけれど、この小説に対する私の立ち位置が分かれば、なぜこのようなことをするのか納得してもらえると思う。
 作者が作品の中に顔を出すのは、なかなかに御法度というか、不気味ささえある。しかし前例が全くないわけでもない。例えば、高校の教科書でお馴染みの「羅生門」では、作者は不意に顔を出してきたり、中島敦の「名人伝」でも寓話作者を名乗るものが、紀昌の名人たる所以を解説しようとするが、そうもいかないと解説どころか作成時の思いのようなものまで吐露している。森鴎外の「舞姫」では、豊太郎と変えているが、どう考えたって鴎外そのもの、つまり作者自身が書く経緯を語っているようなものである。
 特に、問題はなさそうだ。

 まずは、この小説の成り立ちについて、お話をしておかなければならない。この小説は、私が思いついたアイディアをある文学賞の審査員である作家Hによって小説化したものである。これは、センセーショナルな事件になり、話題が集まることが予想できるため多額な収入が期待できる。そのため、同氏は、私に入ってくる収入の四〇%を渡すこと、同氏の名前は伏せることを条件に、著作権を私に譲渡し、同氏自らの権利については一切の放棄を認めている。

——一——

 私が、この小説のアイディアを思いついたのは、 とある新人文学賞の会見で、生成AIというものが使用されたというニュースは見たからである。これには賛否が分かれていたものの、自分の中では良いものだとは思えなかった。しかし世間では良いニュースであるかのように扱われている。陸上競技だと思っていたものが、本当は早くゴールするための競技で、車を使っても良かったのだと言われたのと同じである。正直、いけすかない。
 あのニュースを見てからは、しばらく立ち直ることはできなかった。けれども、その中から自暴自棄のような炎が燃え上がってきた。もうプライドとかそんなものなかった。それならば先人に倣おうと思った。自らの大好きな先生の名前がついていたからか、知れれば世間の話題になることを知っていたからか、いずれの理由にせよ審査員の作家先生に手紙を送ったという偉大な先輩に倣い、私も手紙を送ることとした。もちろん、電子の手紙ではあるけれど。
 この話を持ち出したら、怒られるのではないかと相当な覚悟をして送った。H先生はお忙しいのだろうか、数日は返事を待った。我ながら大胆な思いつきであるし、万が一のことがあれば、H先生にも石が投げられてしまうのだから当たり前ではある。それと同時に恐ろしくも感じていた。H先生は、そんな人ではないだろうと思ったから送ったのであるが、もしこれを暴露されてしまったら、私の名前は世間に広がり、二度と文学では食べていけなくなってしまう。返信を下さった3日ほど前から、食事が喉を通らなくなった。そうしてやっとの思いできたメールには、それは面白そうではないですか、詳細を詳しく教えてください、とだけ書いてあった。あの時の感覚をなんと表現したら良いのだろうか。うまく言葉にできない。
 それから、詳細な設定や世界観を共有した。メールのやり取りは数百を数えた。プロット作りから登場人物の詳細な設定、それこそ好きな食べ物から嫌いな食べ物、寝る前のルーティンも、この時に決めた。H先生は、できるだけ意向に沿いましょうと言ってくれた。私のアイデアだからということらしい。私は、自分の考えを言葉にするのが、あまり上手ではない。少なくとも多くの日にわかりやすく伝えることが極端に苦手である。変に硬くなりすぎたり、言葉遣いがおかしかったりする。それでも、H先生はさすが某大型新人文学賞の審査員をされている方であるだけあって、私の読みにくい文章でも丁寧に聞き返してくださったりして、小説化の作業はスムーズに進んでいたように思う。

—— 二 ——

 暑い夏の盛りが過ぎ、夜風が涼しくなってきた頃だった。小説の完成も近づいてきて、少しいい気分になっていたのに任せて少し飲み過ぎてしまった時があった。それにしても酒の力というのはすごいもので、普段では聞きにくいことでも、さらりと言葉にしてくれる。あの時の私は畏れ多くも電話をして、ずっと気になっていたことを先生に尋ねてみた。先生は「世間体やらがあって言いにくいこともあるのですけれどね、実は、私もあの評価には少し不満だったのですよ」と答えてくれた。その答えに嬉しさと同時に少しムッとした気分になった。それではなぜ先生はあの時にその意思を表明してくれなかったんですか、と聞いた。先生は「とかくに人の世は住みにくいですからね」とだけ答えてくれた。夏目漱石の「草枕」の言葉だった。それだけでは、わからないではないですかと答えると、「人間よりは金銭の方がはるかに頼りになりますよ。頼りにならんのは人の心です」と言われた。次は、尾崎紅葉の「金色夜叉」である。先生に少し幻滅したような気分になった。結局は生きるために金である。確かに、何かをするには生きていなければならないし、生きるためには金が必要である。しかし、それで信念を曲げるというのも違う。時代遅れの考え方なのかもしれないけれど、むしろこれは私の中の私らしくあるために必要なものであると自覚していた。だから、先生に少し怯えながらでも、今回引き受けたのは世間を気にして我を通せなかった、金のためにどうにもならなかった先生の自尊心のためですか、と声を震わせて尋ねたら、先生は笑いながら、君は鋭いところをつきますね、と言った後に一息の間を取り言った。
「最初に君が送ってくれたメールに目を通した時は、悩みましたよ。このようなことが世間に知られてしまってはどうしようもないどころか、それこそあの新人賞の審査員を降りなければいけなくなってしまうでしょう。その時に思い出したのが、幸田露伴先生です。直接お会いしたことはなかったのですが、『努力論』という本の中でね、「『如何にあるべきか』を考へるより『如何に為すべきか』を考へる方が、吾人に取つて賢くも有り正しくも有る」という箇所があるのを思い出しましてね、なんとも君が現状に向かって在り方から、為し方へと方向転換をしたのだなと思うと、応援せずにはいられなかったんですよ」

—— 三 ——

 家についてからも、酔いが覚めることがなく頭がくらくらしていた。また風に当たりたくなり、ベランダと部屋の境界に座り、冷たい水を飲みながら先生の言葉を頭の中でしばらく反芻していた。如何にあるべきか、よりも、如何になすべきか。あの時の私はそこまで考えていなかったように思う。あのニュースを見てショックを受けてしまって、もうなるようになってしまえと思ったから衝動的に行動していた。動かなければいけないと思っていた。あの時は、自分がどうにでもなってしまうように感じた。今まで信じていたものがなくなってしまっていたのだから。しかも、自分の目の前でなくなったのではない。自分が何か失敗をして失ったのでもない。いつもと同じように、スマホを開いてニュースを見たら話題になっていた。どうしたらいいかわからなかった。自分の力で失ったのであれば、自分自身を責めればいい。しかし、今回の場合はそうじゃない。何かをしていたわけじゃない。世界のどうしようもない力に流されてしまった。たしかに、今回の新人賞の発表までには、世界的に生成AIが話題になってから一年近くは経っていた。その間に何かをしたかと言われたら、言い返す余地もない。自分で何もしなかった。それでも、文学とは、そういうものであると信じていたところがあった。書く人の芸術、書く人の技量、ボクシングの試合にピストルを出されたのであれば、それがルール違反だと指摘されるものだと思っていた。世界中の人が同じように思ってくれていたとは思わない。思わないけれど、せめてプロはそう思ってくれていると信じていた。幻想だったんだ。ボクシングだと思っていたものは、ただの殺し合いだったらしい。相手をノックアウトにすれば、なんでも良かったんだ。人の作品を真似てはいけないというのも、民間人は攻撃してはならないと同じレベルのルールだったらしい。結局は、民間人の定義によるだろう。総力戦になれば敵国は全て軍人であるように。あの時の自分は、結局、何かをしようとしたのではないと思う。ピストルを持ち出されたから必死に守っただけだ。自分も打たなければ殺される。そう思って、なにかをしなければいけなかっただけだ。俺は何かを為そうとしたんじゃない。俺であろうとしたんだ。
 「如何に在るべきかより如何に為すべきか」ですか、と吐いた溜息で揺れたのか、風鈴が涼しそうな声で答えてくれた。

—— 四 ——

 ここまでが、先生と検討した内容でした。
 この作品がどこまでいくのか分からないけれど、ここからは先生がお読みになったら驚くと思います。ここまで書いていて、私は気づいたのです。私が、ずっと先生の言葉だと思っていた「如何に在るべきかより如何に為すべきか」という言葉は、先生の言葉ではありませんでした。それは、あなた自身の言葉ではなく、幸田露伴先生のものでした。結局のところ、誰が発するかなんてどうでも良いのかもしれません。問題は誰がどのタイミングで出すかということであって、読む人がどう感じたか次第です。だから、もう諦めました。辞めます。こんなこと、馬鹿馬鹿しくなった。なんかもう、どうでもいいわ。
 きっとこの小説を叩く人が多く出るでしょう。作家としてのプライドは無いのかと迫る人は多いでしょう。倫理はどうのという人もたくさん出てくるかもしれない。しかし、そんなこと知ったことではない。生成AIが書いた文章をそのまま使うことが認められるのである。何が問題であろうか。
 言葉は、手を離れた瞬間に誰の所有物でもなくなる。しかし、現実として著作権はある。これは、手から離れ所有されなくなったものに対して、その組み合わせなどのユニークさを判断基準とした。つまり、手から離れた出力データに対してユニークなIDの組み合わせを与えて、所有者番号を組み合わせておくのが著作権の正体だ。それに対して、生成AIはそれらの権利を基本的には有していないものとして解釈される。それもそのはず。AIサービスを提供している会社からすれば、サービスを使ってもらった時点で利益が出るのだから。AIに人権もないのだから。
 それでは、人間に対して認められた権利を全て放棄し、それを出せばどうなるだろうか。法的に何も問題のない文章が作られる。文学賞に応募したって問題がない。
 やっていることは生成AIに欠かせた文章を、そのまま使っていることと変わりないのにな。
 歴史だって、言葉だ。いずれAIが全て書いてくれるさ。全部がAI様のいうとおり。書き換えられたってわかリャしないんだ。もう俺は、俺であることを諦めた。AIと人間の共同なんてあり得ない。どうせ、この言葉さえAIの言葉だと思われているんだ。お前らに向ける言葉なんかない。お前らがどんなやつかもわからないんだ。お前らに、解られてたまるか。わかるわけねえんだよ、あのニュース見てなんも考えられない思考停止してる低能どもには。客受けなんかしてんじゃねえよ。お前らが望む解説が欲しいんなら、手元にあるスマホで聞いてみなよ、AIさんにでもさ。ばーか。ばーか。まぬけ!!世間の批判????クソくらえ!!!!えへへ。でもさ、こんな馬鹿みたいに酷いこと言ったって、もう俺らのものじゃない。
 俺のものじゃないんだ。

 ああ、そうだ。
  人間の言葉は死んだ。
消失した。
     いや
        始めから
             そんなもの、


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