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子どもたちにあなたのまなざしを

町の小児科医です。
“地域の子どもたちの成長と共にいたい”
そう思って、
高度な医療を担う病院を飛び出し、
10数年の年月が経ちます。

1.  なぜ地域に?

白い病棟の中で、慌ただしく働いた勤務医時代。
小学生の頃から憧れた医師の姿でした。
けれども、いつの頃からか、
自分の仕事はここにはない、
と思うようになりました。

なぜ地域に?

それは、子どもたちの日常に居たかったからです。
そうすることによって救える命があるのではないかと思ったからです。

2.  医療の光、そして、影

私が医師1年目の時、研修していた新生児集中治療室で、当時稀だった体重300g台の小さな赤ちゃんが生まれました。
赤ちゃんは保育器の中で、鵜化したての雛のように骨と皮ばかりの姿でうつ伏せになっていました。
その皮膚は赤黒いゼリーに膜を張ったようで、よく見ると細い細い血管が透けていました。
何週間経っても同じ姿のままでなかなか大きくならず、退院するのに10倍近く体重が増えなければならないなど、気が遠くなるようでした。

しかし、少し状態が落ち着くと、赤ちゃんはとても活発だということが分かりました。
未熟児はちょっとしたことで肺が破れてしまうかもしれないのですが、しょっちゅうお腹が空いたと暴れながら大泣きしていました。
泣き出すから、いつも一番にミルクをもらっていました。

その姿を見て思いました。
「この子は生きたいのだ。」
生命の力強さに感動するとともに、それを支える医療の輝きを知りました。

一方、赤ちゃんが少しずつ大きくなる間に、何らかの症状を抱えたままの子が次々に退院して行きました。
同じように小さく生まれた子、生まれつき病気のある子、重い感染症にかかった子…。
救命はできたものの、慢性疾患や障がいを免れませんでした。

退院後も、月1回以上の治療やリハビリ、つききりの介護など、時間的にも経済的にも大きな負担が家族にのし掛かります。
当時の病院は、それらの負担に対してほとんど無力と言っても過言ではありませんでした。

新生児集中治療室だけではなく、どの病棟で研修しても、そのような医療の影がつきまといました。

そして数年後、さらにショックを受ける事実を知りました。

3.  元気になっても学校に行けない

もちろん、患者さんの中には、重い病気に罹っても元気に回復する子もたくさんいました。
私には、そのような子どもたちが医療の光に照らされた選ばれし者のように思え、その未来は明るいばかりだと信じていました。
ところが、長期に渡る入院生活の影響などから、様々な理由で学校生活に問題を抱える子がいることを知りました。
同級生に比べて、体格が小さい、体力がない、学習が遅れている・・・ついていけるだろうか、いじめられないだろうか、ご本人もご家族も、不安なのは当然のことでした。

高度な医療を卒業し地域に戻った後、共に歩んでいく医療も必要であることを知りました。

そして、もう一つ、さらなる想いが私の心の中で大きくなっていました。

4.  防げなかったのか?

子どもの重い病気の中で多くを占めるのは、生まれつきの病気(先天性疾患)や癌などの悪性腫瘍です。
これらの病気の多くは予防の手立てがありません。

しかし、脳炎や髄膜炎など、一部の重症感染症は予防接種で防ぐことができます。
早期に発見することで、重症化を防げる病気もあります。

また、子どもの死因の上位を「事故」が占めていることは、よく知られています。

勤務医時代、事故に遭い、意識不明の状態で搬送されてきたお子さんを何度となく経験しました。

心拍が再開することを祈りながら、小さな胸郭を押し続けました。
すでに血液の流れが止まった血管に、なんとか水分と薬剤を入れようと、必死で点滴ルート確保に挑みました。

でも、助けられなかった命。

異常に明るい救急室で、ベッドにすがりついて泣き叫ぶ母親と立ち尽くす父親・・・

そんな光景が繰り返されました。

事故は予期せず起こります。
でも、子どもに起きやすい事故を知っていたら、未然に防ぐことができるかもしれません。

社会問題となっている不登校や引きこもり、児童虐待。
早い段階で支援の手が入っていたなら、取り返しのつかない事態となることを防げるかもしれません。

だから、
地域に居よう、
子どもたちの近くに居よう、
私の知っていること、経験したことを直接伝えよう、
と思いました。

そして、10年以上の月日が経ちました。
今、改めて考えていることがあります。

それは、
子育てを社会で

5.  子どもたちにあなたのまなざしを

地域に居ると、
子どもの数は減っているのに、
子育てがだんだん大変になっていくのを感じます。
子どもの数が減っているので、
子育てに関わっている人が減っているのが一つの理由と考えています。

子育てするのに肩身が狭い。
だから、子どもの肩身も狭い。

子どもたちは、敏感に大人のまなざしを感じます。

「見て、良い子にしているよ!」
「見ていてね!やってみるね。」

大人のまなざしを感じると、子どもは自らの存在を確認できます。
そして、まなざしを向けてくれる人が多ければ多いほど、自己肯定感が育ちます。

子どもと同じ場に居合わせたら、
知らんぷりをせず、
ちらっと見てあげて頂けたら嬉しいです。

声を掛けなくていい、何もしなくていい。

あなたのまなざし、
それが、子どもたちが伸び伸びと健全に育つ社会の大切な一歩

町の小児科医として、皆さんとともに歩んでいきたいと願っています。



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