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シナ服を縫う

(平成四年六月)

 わたしと死んだ妹とはひとつ違いで、年子であった。わたしの母はわたしたち姉妹に同じデザインの服を縫って着せた。今も鮮やかに覚えている服は、白の木綿のワンピースで、袖も衿もない簡単なデザインのものである。 母はあまりに変化のないその服の胸にグリーンのリボンをあしらうという工夫をした。
 子供の物はせっせとそうして縫ってくれたが、母は自分にはあまり服を作っていない。母は洋裁よりは和裁のほうが上手で、ほかの人から頼まれて仕立てをする賃仕事をしていた。母の仕立てた着物は着やすいという評判で、それは母がただ採寸するだけではなく、その人の体型の特徴をよく頭に入れてその部分によく対応した仕立てをしたためである。母は布のやりくりにも秀でた才能をもっていて、端の布もけっして無駄にはしなかった。 その母が、わたしが覚えている限りではただひとつ自分のために縫ったのがシナ服であった。
 母は父と結婚するためにひとりで大陸に渡り、満州銀行に勤めていた父のもとに行った。お見合いである。母の大正の女性の血が、そういう今ではちょっと考えられないような大胆な行動にも見られる。父の中国語はお国の人にもほめられるほどのきれいな発音であったと母から聞いたことがある。そんな父といっしょにパ ーティにも行ったに違いない母が、そのときに見た中国の女の人の着ている服に関心のなかったはずがない。母は和裁を女学校のときに習っているから、結婚したときにはすでに縫物は身についていた。少しでもそういう心得があると自然に着物に興味がわく。これはどうやってできているのだろう、どんな順序で縫えばいいのだろう、とロクに縫物もできないわたしでさえそう思うから、母のように研究熱心な性格ではなおさらであったろうと思える。 そして、スラリとした美しい人があの独特のチャイナドレスを着ているところを真近にみれば、男ならずとも魅惑されたに違いない。
 引き揚げてきてから何年もの間、食べるに精いっぱいでやってきた母が、ほっとひと息ついたときに若いころに見たシナ服が頭に浮かんだのだろうと思う。母はとくに上等とはいえない布地を手に入れて「これでシナ服を縫うつもりや」といった。その時分の母はかなり肉づきがよく、すでにチャイナドレスがどういうものか知っていたわたしは、できあがってそれを着た母の姿を頭に描くとあまり奨励はできないと思ったものであった。しかし、そんなことは母には言わない。機嫌よくうれしそうに自分のアイディアを話す母は期待でいっぱいに見えた。
 母は中国服とかチャイナドレスとは言わずにシナ服という。中国の人のことをシナ人という言いかたにはどことなくさげずんだニュアンスがあり、チャイナの英語の綴りを日本的に読めばそうなると思っても、鍵をかけたままでずっとおいてある戸棚から取りだしたことばのようにも思える。
 母の縫ったシナ服はとくにどこという欠点もなく縫いあがったが、着てみてあまりイメージと合わなかったのか、自分の体型に起因するとわかったのか、それは一度か二度だけしか着なかったように思う。
 
 ずっと前にある人から「あなたはチャイナドレスを着たらきっと似合うよ」と言われたことがある。 もう十年も前のことである。そのときにすぐに着れば確かに似合ったかも知れないが、今ではあの頃の母より年をとっている。似合うはずはなかろうと思っても、大陸生れのわたしの血がある。 血ではなく単に模倣だという学者もいるが、母の縫ったシナ服と同じようなものを縫うとなるとうわべには模倣かも知れないけれど、ここはひとつ血ということにしたいではないか。
 かくしてわたしの無謀な試みが始まる。とくに洋裁らしい洋裁を習ったことがない。ましてチャイナ・ドレスなどという特殊なデザインの服などどうしてわたしに縫えようか。どう裁断すればいいのか、全体のバランスをどのようにとればいいのかもわからない。 基本というものを知らない。しかし、着るのはわたしであるから、わたしのからだに合っていて、みっともなくない程度にできればいいじゃないかと思った。 自己流ながらこれまで何度かスカートやシャツを縫っているし、この春には四メーターで千円という超安値のハギレをもってフードつきのコートを仕立ててすっかり自信をつけている。値のはる布地など使うと気ばかり使ってロクなことにならない。 裁ち間違いをしないかとか、失敗したらたいへんだとかついつい臆病になってしまうばかりである。その点安い布地ならば失敗してもタカが知れていると気やすい。
 先日帰省した下の娘と買物にでかけたときに買った安い布地がある。まずこれで手始めにテストに縫ってみる。黒の薄地の布で、とにかく自分の思ったとおりに裁断し、チャイナドレスのいちばんの特徴である衿のあきをなんとかクリアーした。 縫いあげて手を通してみてもどこも破れたりしなかった。飾りのボタンは十個を立てた衿からあきまで続けて使い、それらしく見える。黒い布によく合うように白いパールカラーにした。
 多少自信がついたので、また布を買いこんどはもう少していねいに仕立てた。裾はミシンをかけるとどうしてもつり気味になってしまうので、絹糸でぐるっとステッチを手で縫い、そのできた三角の中にバラに見立てたピンクの糸で小さな花をつけた。布の色は明るい青である。自分に似合うかどうかよりも、着ているうちに自分の雰囲気に合ってくるのが服であると思う。とくにほかの人があまり着ないようなものを思いきって着ると、着ているうちに服と中身が一体化してくるということはよくある。ユニフォームとはまったく正反対の極に立つ考えかたで、これはかなりわたしの気にいっているものである。

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