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【考察】4月の長井短「短ちゃん、べつに機嫌良くなんてしないでインダハウス」

4月某日、家にこもり、昼も夜もなくなって、食べたい時に食べ、寝たい時に寝る、獣みたいな生活が板についてきた頃の話。どんなタイミングで寝ようと、1度にとれる睡眠時間が年々減少している私の方が先に目覚める。ベッドを抜け出し、漢方を飲み、シリアルを食べ、タバコを吸い、コーヒーを淹れて、ゆったりとした時間を過ごしていると、長井が目覚めた。

「おはよう」のタイミングが難しい。1日のはじまり、今日もずっと2人きりで家の中だ。気持ちよくコミュニケーションのスタートを切りたい。起き抜けの長井は寝ぼけてダルそうなので、私が元気に「おはよう」と挨拶しても「ぶぐるう」と返事されかねない。それはちょっとイヤだ。獣っぽすぎる。こういったちょっとイヤだの積み重ねが、夫婦関係において大きな歪になりかねないので慎重にいきたい。なので私には、お互いにとってちょうどいいタイミングで挨拶を交わしたいという欲望がある。

ずっと家の中で変化の乏しい生活していると相手の生活パターンが自然と見えてくる。長井は目覚めると5分ほどベッドの中でスマホを眺め、ふらふらと歩き出し、長い足を持て余してつまずきそうになりながら、床に散乱した、衣類、ワイン瓶などをかわし、私の座っているソファーの前を横断し洗面所に向かう。きっと「おはよう」のタイミングはここだ。しかし、この日の長井は長い髪をかきあげ、目の前を横断するばかりである。寝起きの長井の覇気に気おされ、私もスルーしてしまう。その後、洗面を済ませた長井が隣に座る。未だ言葉はない。

長井も「おはよう」に迷っているのだろうか。確かにこの時すでに14時で、「おはよう」感はまるでない。「おはよう」が醸す爽やかさが、逆にこの堕落した生活リズムを皮肉ることになりかねない。となると「こんにちは」なのか?時間的には「こんにちは」が適切ではある。だが、昼過ぎに起きてきた人に対して「こんにちは」は違う気がする。なんだか失礼だ。「もう昼ですけどー」感が出すぎて、こちらの方が皮肉っぽい。どうしよう。なんだか、いつもよりも空気が重たい。

「キリンがナウい」

口を開いたのは長井だった。予感が漂う。

「え?」

「機嫌が悪い」

やっぱりそうだ。聞き間違えであって欲しかった。起き抜けの第一声としては意外すぎて、すぐには理解できなかったが、長井は「機嫌が悪い」と言っていた。希望的観測により「キリンがナウい」と言ったかと思ったが、そうではなかった。意味こそ全くわからないが、まだ「キリンがナウい」と言ってくれていたほうがう良かった。

「機嫌が悪い」

外出自粛が続き息苦しい日々を過ごす中の、本日の第一声。この先が思いやられる。私たちは逃げ場のない部屋の中で、今日を楽しく過ごせるだろうか?

不可解なのは、長井が機嫌が悪い理由である。

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