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ジョゼへ


三年前の春に塚口サンサン劇場でジョゼと虎と魚たちを観た。あらゆる奇跡やら偶然が重なり観に行けた大切な思い出なんだけど、ジョゼに会ったのはあれで三度目。上映前の館内はくるりのハイウェイを永遠に流していて控えめに言ってもこの世で一番愛おしい空間だったと思う。


田辺聖子さん原作のジョゼと虎と魚たち。韓国でも制作されたしアニメ版もある。私が好きなのは2003年に公開された池脇千鶴さんが演じたジョゼだ。ジョゼという名の由来はフランソワーズ・サガン「一年ののち」より。

この作品のことなんて説明すればいいんだろう。何にも起きないしろくでもない奴ばっかり出てくるしハッピーエンドでもなければバッドエンドでもない。なんてことない日常に少しの変化が起きていた数年間だけのお話。強いて言うならばジョゼの作るだし巻き玉子がめちゃくちゃ美味しそう。そして池脇千鶴さんが良すぎる。

ジョゼは足が不自由。小汚いおばあと小汚い家に住んでいて小汚い乳母車で散歩に出る。おばあがゴミ捨て場から拾ってきた本やら教科書を読みながら暮らしている。いかにも頭が悪そうなヤンキーに自分のことをお母さんと呼ばせていたり散歩に出るときは護身用の包丁を持っていたり少し危なげでありながら愛おしい女性だ。

そんなジョゼと出会ったのがこれまたろくでもない恒夫とかいう大学生(妻夫木聡)だったんだけど、正直私がジョゼの立場だったら完全に同じ展開を生んでいただろうなと思う。ただ客観的に見ている分には本当にろくでもないそこら辺に転がってる大学生でしかなかった。えっ?お前なんで主人公なの?ってくらい。恋愛映画としては50点くらいの男だな。モノローグでジョゼとの思い出を振り返りながら懐かしいなあなんて言ってるんだけど懐かしいなんて言葉にできてしまう時点で恒夫はやっぱりろくでもない奴だった。

終盤でジョゼと恒夫はこんな会話をしてる。

「なあ、目閉じて」「何が見える?」
「なんにも。真っ暗」
「そこが昔うちがおった場所や」
「どこ?」
「深い深い海の底」「うちはそこから泳いできたんや」
「あんたとこの世で一番エッチなことをするために」
「そっかあ」「ジョゼは海底に住んでたのか」
「そこには光も音もなくて風も吹かへんし雨も降らへんでしーんと静かやねん」
「寂しいじゃん」
「別に寂しくはない」「はじめから何にもないねんもん」
「ただゆっくり時間が過ぎていくだけや」
「うちはもう二度とあの場所には戻られへんのやろ」
「いつかあんたがおらんようになったら迷子の貝殻みたいにひとりぼっちで海の底をコロコロコロコロ転がり続けることになるんやろ」
「……」
「でもまあ、それもまた良しや」

それからすぐ二人の物語は終わってしまう。

私はジョゼが好きだ。可哀想だなんて思わない。きっと今頃は車椅子も使いこなして伸び伸びと暮らしてるに違いない。恒夫は彼女から逃げておっぱいの大きいろくでもない女の元へ戻ってったけど気にしていないはず。でもやっぱり海の底は多少なりとも寂しいんじゃないかなって。


ジョゼへ。さっき四度目を観終えた。改めて言うけど恒夫は大した男じゃなかったよな。でもジョゼの好きな男なんだよな。私はたまらなくあなたのことが好きだよ。何度観ても好き。あなたのような人間になりたい。どうやったらなれるんだろう。

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