海外に暮らすって事 マカピーの日々 #1084
マカピーです。
スーダンから避難された邦人のニュースを見ました。
今はどこへいっても、そこそこ商品があり「グローバル化」で地域差が小さくなって生活に困らなくなってますね。
マレーシアのサバ州はボルネオ島北部にあるのですが、そこにもダイソーやセブンイレブンがあるんですよ!
もちろん日本の状況から比べれば、まだまだ不便に思うかもしれませんが、以前の状況を知っているマカピーとしては感慨深いものがあります。
さて、アフリカのスーダンは政情不安から内戦状態になってしまい『在留邦人の脱出』に繋がったと聞きます。
マカピーもそれに近いを経験しました。
一つはフィリピンで二つ目はイエメンでした。
ラッキーな事にイエメンではたまたま休暇で欧州にいたのでアムステルダムで内戦勃発を知りましたので脱出はしませんでしたが、そこから家族5人で緊急避難一時帰国をしました。
それでも再びイエメンでの仕事に戻る事が叶わず、ネパールの仕事に切り替えたのでした。
その後も世界的な紛争は続き、ご存知の通りイラク、アルジェリア、アフガニスタンなど法人を含む脱出劇は続きます。
途上国と呼ばれる国は、貧困や産業政治的基盤が弱い事もあって軍が動くと容易に政府が交代してしまう事があります。
そして国外脱出のタイミングは微妙です。
ただし、なにがしか予兆があるものでいきなり始まる事は少ないとおもいます。
イエメンではその前から政情が悪化して、毎朝出勤する前に見る大統領府の周囲に戦車が塹壕を掘って地対空射撃ができる体制となっただけではなく日本商社の方々からの情報など、かなり緊迫しているのが分かりました。
内戦勃発数カ月前でも、既に出張中のアデン(元南イエメンの首都だった)の空港ではナイキ・ミサイルがカバーを外して緊張が高まっていました。
イエメンはかつて南北に分かれていた国がソ連崩壊前に統一されたのですが、政治体制が確立しておらず内戦になった際は「早すぎた結婚」と言われました。
さらにサウジアラビアからの侵攻があり、国がボロボロになってしまいました。
今回は自衛隊機が救助に向かいましたが、マカピーが関わったイエメンの内戦の際には政府専用機も自衛隊機も飛んで来なかったのです。
ある人は国連のチャーター機で、ある人はドイツの空軍機で、ある人はアデンの港町から上陸用舟艇に乗って対岸のジブチに避難しました。
持てる荷物は小さなショルダーバック一つと制限があり、内戦終結後に戻って来たら家の中は収奪されていたそうです。
当時マカピーは乳飲み子(イエメン生れ)の三男を連れて旅行していたので、首都サナアの空爆を経験しなかったのは助かりました。
マニラのコラソン・アキノ政権を揺るがす「ホナサン大佐のクーデター未遂事件」では長男が生まれたばかりで、近所での銃撃戦の流れ弾を恐れて家の中の安全な場所を求めて逃げ回りました。
更に食料品が底をつく中で、果たしてどうなるのかなあって不安になったのを覚えています。
結局、自家用車で家のあるビレッジを脱出してケソン市の友人宅に家族で転がり込んで助かりました。
マカピーでした。
最後までお読みいただき感謝します。いろいろ経験したなあ(笑)
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