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テロの記憶 in New York (11): 9月18~末日、BMCCの様子と近所のテロリスト

▶シリーズ初回
テロの記憶 in New York (1): 始まり
https://note.com/maca39inches/n/n37d2051568e3
▶前回
テロの記憶 in New York (10): 9月13~17日、友人たちの反応
https://note.com/maca39inches/n/n40a983c54f8c


その翌日、9月18日の火曜日。 テロから1週間経ったところで、大学がどうなっているかと見に行ってみようと思いました。 既に書いたとおり、BMCC自体は救助活動の拠点となって休校していましたが、その近くまでは行けるはずです。 交通閉鎖になって一般車両が入れない区域ではあったけれども、歩行者の立入禁止区域からは外れていました。

いつものように地下鉄1番または9番の Chambers St. で降ります(衝撃!今ちょっと気になって確認してみたら、現在は9番がなくなっているみたい。いつの間に・・・)。 地上に出るなり、普段と全く様子が違うのがわかりました。

画像1(藍色線: Chambers Street、☆: BMCC、○:地下鉄ChambersSt駅、▽:金網の出入口)

Chambers St. は歩行者立入禁止の境目で、通りの南側が立入禁止区域になっているため、高さ2mちょっと位の金網が延々と立てられていました。 その金網に沿って歩いていきます。 並行するように、道路にはたくさんの白いテントが立てられていたと思います。

駅から1ブロック歩いたところ、グラウンド・ゼロへの道路と交わる地点では(地図の▽の位置)、金網が扉になって開閉できるように作られていました。 その大きな扉の部分に、行方不明者を探す ”Missing Person” のちらしがびっしりと貼られていました。 その時も休まず救助活動は続いていて、空気がとても悪かったのを覚えています。

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