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止まらないホスピタリティ

忘れもしない2021年11月30日…。

約半年前、私はまだ学生でした。
学生時は通信社とスポーツエキストラのアルバイトで食いつないでました。

スポーツエキストラとは、その名の通り「運動に特化したエキストラ」のことです。

逃○中のハンター役や、駅伝CMのランナー役の大半をスポーツエキストラが担います。


2021年11月30日

その日は、

「鬼の仮面を被って無人島で走り続ける」

という任務。

午前10時、千葉のとある港で船長と待ちあわせ、ボートに乗って島に向かいました。

振り返れば、ここで引き返せばよかったのです。
その決断をしなかった自分に、今でも後悔の念がこみ上げてきます。

待ち受けていたのは、

ハラダ史上最凶に過酷な鬼ごっこ

でした。

前日の雨で泥濘む足場…
酸素通過率おおよそ10%の真っ赤な仮面…
尖った枝がナイフのように飛び出す拓いたばかりの竹林…
有無を言わせずダッシュを命じ続ける制作側の不気味な笑顔…


撤収の頃には、
「ザ・満身創痍」
と言わんばかりの姿に成れ果てていました。

買ったばかりのユニクロの黒ズボンは所々裂け、頭から足先まで泥だらけ。

迎えに来た船長の「何があったんだ!」と驚きを隠しきれない表情を鮮明に思い出します。

しかし、私は都内に戻るロケバスに乗りませんでした。

なぜなら、雑誌で見つけたサウナが近くにあったからです。


内房線とバスを乗り継ぎ一時間、暗闇の中にぽつんと照らされたネオンブルーの入口を見つけました。

闇夜に光るサウナきさらづつぼや


「サウナきさらづつぼや」です。

吸い込まれるように入ると、店主が笑顔で迎え入れて下さいました。

「お疲れさまです」

その一言に涙が出そうでした。

初めての旨を伝えるとロッカーまで案内して下さり、一通りのシステムを丁寧に教えて頂きました。

お返しに、私も得意の早脱ぎを披露しました。

そこからはあっという間でした。

120℃のあつあつサウナに、コバルトブルーにライトアップされたキンキンに冷えた深い天然水風呂。

気づけば出荷前のハラダに元通り

水風呂の照明と同じ青い館内着に着替えて休憩室に向かいました。


休憩室にたどり着き、席に座ろうとしたその時…

「終電まで寝てていいですよ。起こしますから。」

振り返ると、笑顔の店主がいつのまにか立っていました。

「お言葉に甘えさせて頂きます…」

時間を伝えると店主はロビーに戻っていきました。

『なんということでしょう…』
劇的ビフォーアフターのBGMがかすかに聞こえ始めていました。


それからしばらくして、リクライニングチェアを倒そうと思い付きました。
しかし中々レバーが見つかりません。そうこうしていると…

「こちらですよ。フットチェアまで出ますよ。」

振り返ると、笑顔の店主がいつのまにか立っていました。

「ありがとうございます…」

フットチェアを出し終えると店主はロビーに戻っていきました。

『なんということでしょう…』
劇的ビフォーアフターのBGMが響きわたっていました。


寝てしまっていました。
お伝えした時間の少し前に起きることができたので、荷物をまとめてロビーに向かうと…

「お履物。出しておきましたよ。」

振り返ると、靴箱にしまったはずの泥まみれの靴がいつのまにか玄関に並べられていました。

「なんということでしょう…」
私は思わず呟いてしまいました。


それから片時も店主のホスピタリティを忘れたことはありません。

「ハードはソフトを超えられない」

振り返ると、その真意に近づけた経験だったかもしれません。

私自身も、

・「稼働し続けられる身体」というハード面
・「際限ない親切心」というソフト面


の両方を併せ持ったヒトカドの人間になれるように精進いたします。

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