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「花見酒」


「酒飲みの片思い」(1984年作品)より

 京都も四月になると鴨川の水もぬるみ、流れに足を入れるとひんやりとした冷めたさがここち良く感じられる季節になります。
 昔の家並を残す祇園町(まち)の軒先に赤と白の「都をどり」の提灯が掛かると、京都もいよいよ春本番です。街には舞子はんや芸妓はんの姿がちらほら見え、春らしい華やいだ空気が漂い、思わず知らずこころ浮かれます。東山の峰々もうっすらと墨を流したようにぼんやりと霞んで見えます。
 「都をどり」は、明治四年に京都で開かれた、内国勧業博覧会の景気付けに行われ、大好評を博したと言われています。以来、百余年、京都の春を告げる行事として、多くの人々に親しまれています。
 春は桜。夜ともなれば、四条大橋から八坂神社の四条通は、夜桜見物を愉しむ人で大賑い。八坂神社の境内を通り抜けると目の前に満々と花を咲かせる「しだれ桜」の優雅な姿が見られます。
 ある四月の初め。友人達と夜桜を眺めながら「いっぱい」、連れ立って円山公園へ。闇の中にぽっかり浮かんだ「しだれ桜」の近くで宴を始める。周りは、桜に酔った顔・顔・顔。それにつられて、陽気に。愉快に。桜酒。
 宴たけなわの処で、突然、ポツリ、ポツリ。暫くして、ほんぶりの雨に。宴途中で、帰るに帰れず、円山近くめ同級生が開いている飲み屋に急遽全員直行。
 五、六人も入ればいっぱいの座敷に酒と肴持参の無粋な飲み客十名。ワイワイ。ガヤガヤ。
 少し落着いた頃、誰かが一声(ひとこえ)。
「酒に桜がほしいなあ」
「よっしゃ、桜、仕入れてくるわ」と一人。
言うが早いか、ドタドタと急な階段を走り落ちる。
 暫くして繩で括った枝ぶりの立派な桜の束をテーブルの上に、ドン!。全員、思わず大歓声。大拍手。宴は一段と賑かに。華やかに。夜深くまで。延々と。
 「酒なくて何んで己が桜かな」 桜に感謝。

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