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「秋の味」


「酒飲みの片思い」(1984年作品)より

 長く、暑い、京の夏も過ぎ、十月下旬から十一月ともなると、洛中、洛外のあちこちから、紅葉のたよりが聞こえてきます。京の紅葉は、その景色と合いまって、ため息が出る程、美しく、華麗な風情を見せてくれます。
 洛西に、清滝川の溪流に沿って広がる、高雄、槇尾、栂尾の三尾の山波。中でも、栂尾・高山寺の紅葉は、苔むした石垣や、鎌倉時代に建てられた、国宝・石水院の簡潔な美しさと紅葉の華やかさの調和がすばらしい。
 西山に、粟生(あお)の光明寺や花の寺として知られている勝持寺とその奥にある金蔵寺。
 洛中に、小さな桂離宮とうたわれる曼殊院の庭園の秋。修学院から北の方の山麓にある、参道の楓の紅葉がよい、赤山(せきさん)禅寺。江戸時代の漢学者、石川丈山が住んでいた山荘、詩仙堂。参道から山門にかけて、楓と苔が美しい、鹿ケ谷の法然院、法然院から哲学の道を若王寺(にゃくおうじ)、永観堂と歩くと、京の秋を十二分に堪能できます。
 洛東に、八坂神社の裏の東山の山麓に在る、円山公園。本堂の舞台から見える東山山腹の色彩が際立つ、清水寺。仏殿から開山堂にいたる通天橋から眺める色鮮やかな楓の紅葉が、橋の下を流れ溪流と合いまって格別な味わいのある、東福寺。
 洛北に、平安京の北方鎮護の霊場とされた、鞍馬寺から山間の溪流に沿って貴船神社に下る山道を飾る樹々の色どり。八瀬からケーブルに乗って比叡山の山頂までの車中から眺める秋の山々。
 苔と老杉と楓と気品のある石垣に囲まれた、三千院。楓の葉かげから見える往生極楽院の佗。
 安徳天皇の母にあたる、建礼門院が世の無情を想いながら、念仏三昧に明け暮れた、寂光院。京の北東、大原の里に在る、三千院から寂光院、古知谷の阿弥陀堂にかけての景色は、京の秋の極です。
 小学生の頃、家族とともに、大原の秋に遊んだ時。道すがら、紅葉の天ぷらをねだって食べた時の、ひねた油の臭いと枯葉のような、ザラーッとした紅葉の舌ざわりが、未だに、秋の味として残っています。

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