見出し画像

1回目の告知

2020年11月上旬

悪性腫瘍の疑い・・・悪性腫瘍・・・ここに?まさかぁ~

まだこの時は疑いだけよね、と必死で不安を消そうとしていた。この私がガンなんてまさかまさか・・・・ありえないよ~一抹の不安を感じながら診察にはいった。

顔面+頸部のCT撮り、また口腔内の写真を撮って終了。検査結果は数日後に来院予約を入れられた。午前中仕事が出来ないけれどもそれも一生のうちのほんの一瞬、自分のための必要な時間なんだと思っていた。こうなったらとことんやってやろうじゃないかって鼻息荒くしてたけど一瞬じゃなかったねまったく・・・


そしていよいよ告知の日

私はこの日まで旦那に言わず病院通いをしていた。だから告知も一人で聞いた。家族の方と一緒に来てくださいねとか言われるもんだと思ったがそうかこんなもんなんだ、おとなだからね自分で判断できるし決定も自分だしね。

いつもの担当医と一緒に登場したのが歯科のお偉いさんかな?部長とか上司とかなにか言われたと思うけどきれいさっぱり忘れてる。いつもと違う雰囲気いつもと違う人も参加してるし、なんとなく暗い顔というかどんよりとした雰囲気で挨拶されたときには『ありゃぁ~こりゃダメだ』とおもったね。

告知するときに元気な声で『こんにちはぁ♪~今回は・・・』なんて言わないけども、低いどんよりとした声で『えぇ~今回の検査でがんが見つかりました』頭が真っ白になって血の気が引いた・・・とはならなかった。だって前段階でわかっちゃったし。百戦錬磨で生きてきた。わけじゃないけど今すぐ死ぬわけじゃないしそれぐらいどんとこいよ。しかし、あのどんよりした顔はやめてほしい。

病名は『上顎歯肉悪性腫瘍』聞いたことないよ。

どんな状態かというと、歯肉がガンになっていて上顎(骨)が溶けている。骨までいっているとはびっくり。



がんになってどうしようかよりも、家族に『ガンって言われた』って言うのがつらい、特に母。元気者だけどやっぱり娘がガンなんて思いもしないだろうし頼りにしてるだろうし・・・つらいな。

しかし、旦那にもこの日は言えずじまい。あまりにも私が元気すぎて、冗談でたまには病気してみろよなんて言われたりしてたのに、本当に病気になってそれも『ガン=死』を連想してしまう病気だし。顔を見ると言えなくて出るのはため息ばかり。

翌日も夕食の時間になってしまいいつ言おうかっと思っていた時に『どうした?なんか元気ないね』って言われた。いつも通りにしているつもりだったのに・・・『実はガンって言われた』って、あのどんよりした医者と同じように暗い顔で言ってしまった。旦那はやっぱり驚いたよね。そして第一声は『酒の飲んだ時に言うなよぉ~』って笑いながら言われた。

それからは、今までのことを話しながら次回はついてきてくれることになった。その時の旦那の表情はいつもと変わらず淡々としたものだったような気がする。あまりグズグズ考える人じゃなくてよかった。内心はわからいけど自己解決してもらおう。

問題は一人暮らしの母ですが、仕事を抜けて病院に行ってたのは知っていたから、実は・・・と言ったときに『そうなんだ』と言ってちょっと泣きそうな顔になった。お母さんがガンじゃないのだから泣かない、って喝を入れたら泣き顔が笑った。大丈夫だから今は治る病気だし治療頑張るからねというのが精一杯。このあと気合のスイッチが入って私のことは何の心配もいらないから治療に専念しなさい自分の事だけしなさいと・・・やっぱり母は強しですね。



これからは治療に向けて検査検査・・・そして入院しなくてはいけないなら仕事の段取り・・・忙しいぞ。結局病気になっても忙しいのは変わらない。まったく・・・


次は2回目の告知・・・なんだそれ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?