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みつばちになること。

おはようございます。

昨日は、朝からYoutubeでみなさんとお話ししたあと、
お昼に音楽の先生とZOOMで話したり、
夜は大学の友達とZOOMで話したりしていました。
(#背景も色々使いこなせるようになってきた!笑)

先生とは久しく話していなかったので、
「先生!さみしいです!話したいです!」と連絡して
お話しさせてもらったり、

ついこの間ちょっと悲しいことがあったので、
大学の友達とのグループラインに
とりあえず「悲しいーー!!!」とだけ
書いたら、みんな集まってくれたり(笑)

そうやって思ってることを
ため込まずに伝えるのは、
いまのこの状況で生きるために
とっても大切だなぁと感じました。

そして、それを受け止めてくれる人がいるのも
とってもありがたいなぁと思いました。

さて、今日はちょっと
「ん?」というようなタイトルですが、

そうやってみんなと話すなかで、
いま自分に何ができるんだろう。

もっというと、

いまの世界での自分の担当は何なんだろう。

と考えたことについて書きたいなと思います。


「みつばち」というのはひとつの例えで、

花から花を飛びまわって、花粉を積んで、
次の土地に花をまいていく、
あの「みつばち」です。

コロナで世界が大きく変わる真っ只中にいるいま、
この「みつばち」みたいに、
あちこちの花粉を積んで、それを渡していくような担当が
自分なんじゃないかなぁと、
少し感じはじめています。

そもそも、今日わたしが
いろんな人にZOOMしたいと思った理由は、

「みんながどうやって生きているか知りたい」

このひと言です。

100年に一度、教科書に残るような
大きな時代の変化の中にいるいま、
よく知っているあの人や、
最近会っていないあの人たちは、
一体なにを感じて、なにを食べて、どう生きているんだろうか。

わたし自身、本格的に外出自粛をはじめてから2週間、
外の様子に触れることが少なくなって、
みんなどうしているんだろうなぁと考えています。

もちろんニュースは日々チェックしてるし、
SNSでもいろんな様子は垣間見れるけれど、

もう少し奥の部分で、
みんなどんな「生きる」を送っているんだろうなぁ
と。

「こんなモノが売れています!」
「これだけの人がこの場所にいます!」というような
外から見るだけではわからないような
心の衣食住の部分。

そこが知りたい。

そして、きっと同じように感じている人は
たくさんいると思っていて。

自分じゃない誰かがどうやって生きているのか、

みんないま、
とっても知りたいんじゃないかなぁと思っています。

そして、それはただ、
いまの『不安』を和らげるだけじゃなくて、
『文化』を未来につないでいくことだとも思っていて。

そうやって、いろんなものをつなぐ「みつばち」が
自分の担当なんじゃないかと。

それぞれの土地に咲く花が『文化』だとすると、
みつばちは花から花を飛びまわる、
つまり、いろんな『文化』を飛び回ることで蜜をもらい、
代わりに花粉を運ぶ。

それが、次の土地に『花』、
つまり『文化』をつないでいくことになる。

いま、いろんな企業や社会システムが
立ち行かなくなるなっているけれど、
わたしは、システムや型が崩れてしまっても
『人』がいる限り、そこには『文化』がある
と思っていて。

そうやって『人』を見つめて『文化』をつないでいくこと
とっても大切なんじゃないかなぁと思っています。

そのためには、ある土地で枯れてしまったとしても、
次の土地で花が咲くように、花粉を運ばなくちゃいけない。

いま、みんながどうやって生きているのか。

そんな『文化』のあり様を
個人レベルでも集団レベルでも
伝えていくことが大切なんじゃないか
、と。


いま、世界がみんな同じ困難に立ち向かっていて、
これだけ世界中の人が同じことに心を寄せて
おんなじ気持ちになるなんて、
なかなかないことだと思うんです。

そう考えたとき、
わたしも思い浮かぶ顔がたくさんあって、

地元関西の友達や、
研究でお世話になった福島の博物館の学芸員さん、
沖縄であった日系移民の女の子や
ドイツで出会ったナイジェリアの医者の男の子、
オーストリアでお世話になったアーティストの方たち

などなど。

みんなみーんな、
この状況をどうやって捉えて、
なにをみて、
なにを考えているんだろう、
と思っています。

わたしはすごく恵まれたことに
いろんな土地に行って、
そこの『文化』に触れさせてもらう
機会が多くて、

この2年間でざっとあげるだけでも、

福島、新潟、長野、北海道、沖縄、徳島、熊本、宮崎、兵庫、大阪、福岡、茨城、宮城、ドイツ、オーストリア、フランス

などの土地で、たくさんの人に会いました。

そんなこれまでの出会いを起点に、
この状況のなかで、みんながどうやって生きているのかを
「ことば」にしていく。

もしかすると、それが自分の担当なのかもしれない、
と思い始めています。

色んな土地で蜜をもらってきた自分だからこそ、
花粉を運んでいかないといけないのかもしれない。


今日は、まだ漠然としているけれど、
この生活に少し焦点が合うようになってきたいま、
そうやって感じはじめたことについて
書かせていただきました。

みつばちになること。

もう少し、考えてみたいと思います。
(#名前もちょうど「まあや」やし!笑)

今日も、すてきな1日にしましょう^^


↓「おはよう」のYouTube!(8:00〜8:30)


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↓イタリアでみんながどうやって生きていたのか、
「ことば」になっています。

こういう危機の上で発展するのが
『文化』なのかもしれない。







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