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操り人形の恋

樹(たつき)は混乱していた。
白いドレスを着た歩美さんと、隣に座る白いタキシードの見たことの無い男性。

昨日、歩美さんからラインが来た。
「明日の土曜日朝10時、【花鳥風月ホテル】に来て。学校の制服着て来てね。」

翌日、約束通り来てみると、スーツ姿の男性や、綺麗なドレスを着た女性が多く居る。何かのパーティーでもあるのだろうか?
どこで待っていたらいいのか判らず、とりあえずラウンジのソファーに座っていた。
すると、ホテルのスタッフと思われる人が来て、俺を宴会場の席まで案内してくれた。

集まった人達はみんな笑ったり、拍手したりしてる。
運ばれてくる料理は、盛り付け方や材料がいかにも高そうだ。
残念なのは、俺の頭が混乱し過ぎて、味がまったく判らないことだ。

「それではここで、新郎新婦様はお色直しのため、席を外させていただきます。ご列席の皆様は、どうぞご歓談くださいませ。」
司会者がそう言うと、歩美さんと男性はこちらに一礼して退出した。
ホテルのスタッフが、こっそり俺に耳打ちした。

案内された部屋に入る。
ドレスを着た歩美さんが座っていた。
「どお?私似合ってる?」
「これは一体どういう事なの?」
「私のドレス姿喜んでくれないの?」
「俺との事は?俺達付き合ってたよね?」
「そうよ、付き合ってるわ。デートして、キスして、SEXまでする仲よ。」
「だったらどうして…?」
「高校生の貴方が、口を出せる話じゃないわ。」
「卒業したら、働こうと思ってた。歩美さんと家庭を持つつもりで…」
「高卒の坊やが私と家庭を持つ?そんなの現実的じゃないわよ。無理に決まってる。」
俺の言葉に、被せるように言う。
「はじめから俺との事は遊びだったの?」
「遊びではなかった、本気だったわよ。そもそもこの結婚自体、両家の親にとってメリットがあるだけ。結婚する二人には決定権は無いの。樹君可愛いし、優しいし、凄くピュアだし、別れるのは正直辛い。だから…無理なお願いかも知れないけど…嫌じゃなかったら、これからもこの関係を続けてくれない?旦那にも遊び相手が居るし、お互い承知の上だから…」
言いながら、俺から目をそらした。
「二人とも…そんな結婚して幸せなの?。俺には理解出来ない。」
「私達が幸せかどうかじゃないの。両家が潤うかどうかなの。普通の家では理解出来ないだろうけど。」
語尾が少し震えてる。
「そんな………歩美さんの人生は?」
「家の為に役に立つこと、ただそれだけよ。樹君とは違うの。」
歩美さんがドレスを握りしめた。
「俺は、本気で歩美さんが好きだったよ。」
「それは私も同じ。樹君が好き。樹君が一番好き。」
もう、絞り出すような声。
「………さようなら。」
俺は部屋を出た。
俺には何も出来ない。
俺では歩美さんを守ることも。
歩美さんの悲しげな目が閉まるドア越しに見えた。

気付くと俺は、新婦控え室で椅子に座る歩美さんを抱きしめていた。
「どんな形でも良い、俺歩美さんの傍に居たい!俺、歩美さんを独りに出来ない!」
何も答えない歩美さん。
「歩美さん?」
顔を覗いてみると、彼女は泣きながら俺にしがみついていた。
俺は一旦彼女から離れ、ティッシュを渡した。
「そんなに泣いたら、ドレスも化粧も台無しだよ」
俺は少し軽いノリで言ってみた。
「自分の意志では無い結婚をして、その上樹君も失うのが怖かったの。愛人の元から帰る夫を待つだけの毎日なんて、自分を保てる自信が無かった。樹君だけが本当の私を見てくれていたし。こんな関係、樹君には良くない事も判ってたの。でも、失いたくなかったの。樹君。」
「歩美さんのあんな悲しげな目を見たら、俺にはこうするしか出来ないよ。」
ドアをノックする音
「ごめん樹君、タイムリミット。席に戻って。」
「判った、後でね」
「うん、後で」
歩美さんと軽く唇を合わせ、俺は会場の自分の席へ戻った。

その後、宴は滞りなく進んだ。
何度も歩美さんと目が合った。
バカな選択をしてしまったのかも知れない。
だけど、歩美さんが好きだから、歩美さんの支えになれるなら、それで良かった。
何日続くのか、何週間続くのか、何年続くのか、今の俺には判らないけど、歩美さんと一緒に過ごせるならそれで良い。

会場を出ると、またまたホテルのスタッフに声をかけられた。付いて行くと、エレベーターに乗り、一室に案内された。
「こちらでお待ちください。」
一礼して去っていった。

広いなぁ。部屋いくつ有るんだろう?俺ん家より広いんじゃね?
ベット、デカいなぁ。俺何人分だろう?あっちが風呂場か。これまたデカいねぇ。うわっ!ジャグジーじゃん!ここに住みてえわ俺。何!このバスタオル。一枚でこの厚さ?どんだけフワフワだよっ!
ベットに戻った俺は、自分何人分かを身体をグルグル回して測った。
そのうち、うとうと眠ってしまった。

「樹君。ねぇ樹君。樹君起きて。」
身体を揺さぶられる。
「ん?…ああ…歩美さん。」
「ごめん、お待たせ。」
「ねえ歩美さん、この部屋何?」
「今日泊まる部屋よ?何か変なものでも有った?」
「ここに、一人で泊まる予定だったの?」
「まあね。」
「新婚なのに?」
「向こうも恋人呼んでるから、別に部屋を取ってるし。」
「ああ、なるほど。」
結婚式直後から独りぼっちの予定だったのか…

「お風呂入る?それともお腹空いた?」
「今から風呂は早くね?」
「そお?私は入りたい。ドレスって結構暑いのよ。身体中ベタベタ」
そう言って歩美さんはベットからバスルームに行った。
「俺もやっぱり入る!」
慌てて後を追う。
そこからは、まあ、ご想像通り。

翌年、俺は高校を卒業し、大学へ無事に入学した。
進学を機に独り暮らしを始めた。進学を機にってのは建前で、歩美さんと俺が二人で気兼ねなく過ごせるように、歩美さんがマンションを用意してくれた。
いつでも会える主婦。そう言えば、そんなアイドル居たな。

俺は授業が終わるとダッシュで帰る。
「ただいま!」
玄関を開けると、愛しい歩美さんが
「樹君、お帰り。」
と、笑顔で迎えてくれる。明日人生終わっても悔いが無いくらいの幸せ!
俺は靴を脱ぎ倒し、カバンを投げ捨て、歩美さんを抱き締める。後は…まぁ…そういうことで。

「あ、もうこんな時間。帰らなきゃ。」
「えぇ~、今日は泊まれば?」
「それはさすがに不良主婦過ぎでしょ。」
笑いながら身支度をする歩美さん。
「次はいつ来れる?」
「ん~、明後日かな?後でラインするね。」
「毎日居てくれたらなぁ~」
「ごめんね…」
「あぁ、謝らないで、大丈夫、俺、待ってるから!」
「うん、じゃあね。」
軽く唇を合わせ、歩美さんが、寝室を出た。
玄関まで見送らないルール。俺の顔を見ると、歩美さんが帰りたく無くなっちゃうらしい。

ああ、そういえば歩美さんの誕生日が近いな。
いつもは歩美さんが生活費や教材費、小遣いも出してくれるけど、誕生日のプレゼントは、自分で出したいな。
俺は歩美さんには内緒でバイトを始めた。
手っ取り早くそれなりな金額が欲しかったから、深夜の工事現場を選んだ。
意外とみんな優しくて、慣れてない俺に、
「限界なら邪魔だから一旦抜けて休んどけ!最後までもたねえぞ!」
と、言葉はキツいが体調を労ってくれているのを感じた。
初めは休憩が多かった俺も、最終的には決められた休憩時間以外は作業を続けられるようになっていた。
「樹君、最近身体が筋肉質じゃない?ジムでも通ってるの?」
「筋肉質な俺嫌い?」
「いや、そんなことはないよ。カッコいいなと思う。」
「筋肉質な俺好き?」
「うふふ、うん、好きよ。」
「じゃあ、もう一回しよっ。」
バレたかと冷や冷やしたが、大丈夫そうだ。そこからはまあ、再びって感じで。

数日後、俺は、もらった給料を手にジュエリーコーナーに居た。
どうせプレゼントするなら、身に付けてもらえる物にしたくて、アクセサリーにしよう!…までは順調だったが、そこから先が進まない。
ピアスしてたっけ?
指輪はさすがにマズイだろ。
ブレスレット…ピンと来ない。
せっかくここまで来たのに…
俺はやれば出来る子じゃなかったのか?
きらびやかな空間に、一人白黒の俺。
トボトボ店内を歩いていると、ネックレスが目に入った。
そのネックレスを身に付けた歩美さんが見えた。
金額を見てみる。ギリ出せる!
「すみません!このネックレスください!」
俺は、やっぱりやれば出来る子だった。

「今度会える日は、どこか出かけない?」
「そうね、お出かけも良いね」
デートに誘って、二人で水族館に来た。
薄暗い館内。二人は自然と手を繋いでいる。
俺のショルダーバッグには、渾身のプレゼント。
俺はいつもよりはしゃいでいた。
突然、歩美さんの携帯が震える。
「ああ、ちょっとごめんね。」
人気の無い場所で通話する歩美さん。
通話が終わり、こちらへ戻ってきた歩美さんは、少し困った顔をしていた。
「どうしたの?」
歩美さんは困り顔で言葉にするかどうか迷っていた。
「すぐ戻らなきゃダメになったの?」
「ううん、そういうのじゃない。」
「何かトラブル?」
「トラブルって言うか…」

歩美さんと俺を乗せた車が到着したのは、一般庶民の俺の陳腐な表現で豪邸。
「すげぇ…」
「入って」
歩美さんに促されて中に入る。
ここって、国立美術館?
本当に人が住んで良いの?
この人達は執事とかお手伝いさん?実在するんだ。
ポカーンと内装を見ていると、
「樹君、こっち。」
歩美さんに付いて行くと、披露宴で見た男性が居た。
「こんにちは。君が樹君だよね?僕が歩美ちゃんの旦那です。急に無理言ってごめんね。」
「こんにちは。樹です。お招きありがとうございます。」
「あ、透!おいで!」
俺より少し年上かな?な男性が、歩美さんの旦那さんの隣に立った。
「透です。よろしくお願いします。」
柔らかな雰囲気の男性だ。

「ふーん、」
歩美さんの旦那さんが、俺を頭のてっぺんからつま先までネットリ見た。
「ちょっと!彼はダメよ!」
歩美さんが視線を遮る。
「判ってるよ。樹君、ごゆっくり。」
「はい、ありがとうございます。」
歩美さんに手を引かれ、その場を離れた。
歩美さんが、ある部屋に俺を押し込み、自分も入った。
「歩美さん、ここは?」
「ここは私のベットルーム。」
「私の?って旦那さんは?」
「別にベットルームが有るわ。」
「えっ?別々なの?夫婦なのに?」
「そうよ。一緒に寝たことなんて無いわ。」
「えっ?その、アレ…は…しない…の?」
「無いわよ。あの人ゲイだもん。」
「えっ?じゃあさっきの男の人…」
「そうよ。旦那の彼氏。水族館での電話は、お互いの恋人を紹介し合おうって旦那の思い付き。」
「お金持ちって、面白いことを思い付くね。」
「面白く無いわよ。せっかくデートを楽しんでいたのに。それから、旦那には気を付けて。樹君、旦那の好みだから。何かと理由を付けて近づいてくるかも。」
「はへっ?」
俺は、男受けするタイプなのか!

あ!そうだ!俺、大事なこと忘れるところだった。
初めの計画からはだいぶかけ離れてしまったけど、きっと、今がその時だ!
「歩美さん」
「ん?なあに?」
ショルダーバッグからプレゼントを取りだし、
「少し早いけど、誕生日おめでとう!」
「えっ、用意してくれたの?」
「夜の工事現場でバイトして貯めたんだ!」
「嬉しい!だからあんなにムキムキしてたんだ!大変だったでしょう?」
「歩美さんのためなら楽勝だよ!」
俺にネックレスを付けてもらい、ご機嫌な歩美さん。
「今日、泊まってく?」
「え、食事とか風呂とか気まずくない?」
「お風呂なら、この部屋に付いてるし、食事もこの部屋に運んでもらえばいいし。向こうは向こうで済ませるんだろうから大丈夫よ。」
みなさん。俺の大好きな人は、やっぱり俺の理解を飛び越えた世界に住んでいます。

初めて歩美さんの豪邸に行ってから2~3か月後、
「樹君、来月の連休空いてる?」
「来月だから、まだ確定では無いけど、学校も休みだと思う。」
「そう…」
「どうしたの?何かあるの?」
「温泉に行かない?」
「マジ?温泉、行く行く!」
「………四人で」
「四人って………あの四人だよね?」
「旦那の仕事が忙しいって建前で、旅行に行ったこと無いんだけど、もう顔見知りだから、お互いの恋人を連れて旅行しないかって。」
「温泉も旅行も良いけど、風呂が怖いなぁ、大浴場じゃ当たり前だけど歩美さん居ないし…」
「ああ、そこは大丈夫。個室に温泉も露天風呂も付いてるから。そうじゃなきゃ樹君を誘う前に却下してる。向こうでは完全に別行動だし。」
「じゃあ、移動以外は歩美さんと二人きり?」
「家を出る時は旦那と二人だけど、別の車も用意するわ。だからずっと二人よ。」
「行く行く行く行く行く行く行く行く!絶対行く!」
神様、俺、こんなに幸せで良いのでしょうか?

あの豪邸で四人で顔を合わせ、その後四人行動作戦により、歩美さんとの行動範囲が一気に拡がった。
高校生だった歩美さんの披露宴のあの日には、想像も出来なかった。

月日は流れ、卒論も無事に通り、後はいよいよ卒業かという時期、驚きのニュースが飛び込んできた。
歩美さんのお父さんが経営する会社と、歩美さんの旦那さんのお父さんが経営する会社とのズブズブな癒着が内部告発された。

歩美さんとは連絡が取れないことで、歩美さんにも捜査の手が伸びている可能性が想像出来た。

俺は待つしかない。

不安な気持ちのまま卒業し、モヤモヤしたまま入社式へ出た。
歩美さんと俺との関係が白日のものとなっては、歩美さんを追い詰める事にしかならないと思い、俺からは連絡しなかった。

ある日、仕事から家へ帰ると、部屋の明かりが着いていた。
俺は夢中で走り、玄関を開けた。
「樹君、お帰り。」
夢にまで見た歩美さんがそこに居た。
俺は歩美さんを、力一杯抱き締めた。
「大変だったね、歩美さんは大丈夫なの?」
「私は経営に直接関わってないから。旦那……元旦那はまだまだ大変みたい。」
「え?元旦那?どういうこと?」
「今回の癒着は、元旦那側の会社が主に父の会社に働き掛けていたらしいから、動ける内に籍を抜いて、私への被害が少なくなるようにって。」
「そうだったんだ…」
「いろいろ押収されちゃったから、ここも心配してたんだけど、残ってて良かった。樹君にも迷惑かけるところだった。」
「俺は、歩美さんが無事で良かった。」

歩美さんが何か言葉を探している。
「歩美さん、どうしたの?」
「樹君、私、屋敷押収されちゃったから、行く場所が無いの…それで………」
俺は歩美さんの唇に、人指し指をあて、
「お帰り、歩美さん。」
優しく抱き締めた。
歩美さんはポロポロ泣き出し、
「断られたらどうしようかと思ってた。」
「歩美さんのあんな顔見たら、俺はこうするしかないよ。」
二人は、やっと何にも制限されないキスをした。







































































































































































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